自閉度が濃厚な息子と、
自閉度の高い親の私との違い。
それは挨拶の身に着き方です。
息子は、親の私が言うのもおかしいけど
可愛がられやすいルックスなので
挨拶をよくされてしまうんです。
それでこまるのが、挨拶が出来ないという事。
私も、子供の頃から挨拶は出来ない子だったんだと思います。
母親のその時々年齢が違うのですが
挨拶という母とのエピソードを辿っていくと
(私の記憶エンジンから「挨拶」というワードを検索して
それぞれクリックしていく感じ)
母は、毎度私にあいさつしなさーいと指示している姿が
よく見えます。
ついでに父を検索しても、ほれっ挨拶しなさーいと言ってる感じ(笑)
しかし、自分の行動記憶はないんだけどね。
自分が親となり、自閉症やADHDを勉強している親として
幼少期の私を推定すると・・・
それぞれに理由があるみたい。
・挨拶をするという行動がとても滑稽に思えている。
・相手側の子供が挨拶をしてくると、ルーティンされている
親からのお小言(あの子は挨拶ちゃんと出来るのになんでしないの?)が
とても嫌だったり、恐かったりも思える。
・会った人の前回とは違う服装や、表情が変わっている姿が気になって動けない。
または、初めて会ったのでその人の顔と服装や人間像を認証する事で精一杯。
・とりあえず、親から言われた言葉を今は言えばいいんだなと思っている。
・大きくなったねとか、自分が末っ子で女の子だから挨拶を求められる事に
憤りを感じている。
・この人には挨拶をするんだ?と驚いている。
・挨拶すると、慣れない人が触ったり向かってくるのでとても怖い。
みたいな感じかな。
上の物をさら~とみてて、感じるのは
全てコミュニケーションは不器用ではあっても、無くはないんですよね。
立場もわかって無くはない。
あと、関係ない所に拘りや変な意識を持っている。
注目するべき点はなぜ、挨拶が必要なのか?という意味を全く分かってない。
まだまだ検索が弱いので付け足しするかもしれませんが。
大人の思う、挨拶するというのはその場に自分のスペースを
置かせてもらう。
または、相手のスペースから自分のスペースを分けてもらうという
イメージがあります。
つまり、挨拶は自分の身を守るという事です。
でも、挨拶出来ない子供がらすると
挨拶出来ない事で、自分の身を守っているのです。
それは、現実には守っている事になってなかったとしても
不器用な子からしたら、挨拶するという事は
鎧と楯と持たずに外に出るという行動。
不器用な子を持つ親からしたら、挨拶をするという行動は
鎧と楯を持って外に出させるのを教える行為。
ただ、これだけ。
とてもシンプルな違い。
今の私は、挨拶が出来ない子供だったと
思われないと思う(笑)
それは、周囲と出会った環境と親が
ルーティンしながら教えてくれた結果なんだけどね。
私の場合、ADHDな性質が挨拶をさせてくれるようになったんだけど。
私の息子はそれが弱いので難しいんだけどね。
なぜ、私が挨拶が上手い人になったのか?
それは、挨拶を丁寧に演じる事で
自分のやりやすい事が沢山増える・・・
もしくは、挨拶上手くできないと
自分がやりたい事出来ないという事を
身をもって学んだからでした。
母は、私を発達障害だと理解してなかったので
「生意気な子」としていつでもとらえてました。
・態度がでかい子だから、挨拶するのが馬鹿々々しい
・自分が相手よりも上だと思ってるから、態々頭を下げない。
・上が兄二人の末っ子で可愛がられるのを分かってるから、
調子に乗っている。
母の行動を推定すると、母の子の思い付きだと思うんだ。
後で必ず、生意気な子!何なの?さっきの態度?
もっと可愛がられやすいように可愛いくしなさいよ!
とも言ってるし(笑)
この母の思いこみは
子供を自身否定する事でもなく、
むしろ特別な子だと勘違いしている。
この発想はとても素晴らしい才能(笑)
でも、この母の想像のお陰で
母は娘の私に挨拶の仕方を一生懸命教える事になるんですよね。
たぶん、発達の親は発達なので、
母も挨拶の出来ない子だったんだと思う。
または、叔母達が挨拶出来ない子だったのかもしれない(笑)
挨拶出来ない事で周囲が得る気苦労をちゃんとわかってる。
挨拶が出来ない事って、悪い事じゃないんです。
挨拶が出来なければ、挨拶をする方法を教えればいいだけ。
または、挨拶させる方法を教えていくと
子供に挨拶させる時のカウントというか目合わせを
親側も学ぶ事になりますよね。
うちの母が、見事に私に挨拶させれるようになったように。
(父はそれが下手だったり、大きな背中に隠れられてしまってた。)
子供が挨拶出来ない事で、得な事って
実は私達にもありますよね。
この子はちょっと、普通の子は違うんですという
証明書になったり。(障害者バッチみたいな物)
自分が、子供の分まで挨拶したり、頭を下げる事で
出会った相手に敬いや感謝の気持ちを持たせてくれるんです。
ただ、子供が一瞬挨拶が出来なかったという事で
私達の心に豊かさの基本を教えてくれるんです。
不器用な子を持つ親が、
他人から勘違いされやすい子の
(不器用な行動のせいで心が貧しい子に見える障害)
育児で必要な物は心の豊かさ。
対人関係で一番最初にする行動、それは挨拶。
育て辛い子の育児で、最も必要な物は心の豊かさ。
全て、意味があるんです。
子供のパニックや癇癪対応に親の必要なピラミッド↓
作ってみました。
まだまだ癇癪ある息子との暮らをする
私にはコレがまた必要(笑)
同じ、挨拶を教えながらの人生を終えるのなら
どうせなら、心豊かに教えながら生きていきたい。
なので、挨拶出来ない子に豊にさせてもらい
私ったらとても幸せ。
子供に挨拶をさせる方法は、
挨拶の意味まで教えなくていいと思います。
それは他人とのルーティンの中で
子供自身の経験で、学んでいく事だから。
自閉度やADHD度が強いお子さんは
結構大きい年齢にまでかかることかもしれなません。
鉛筆の持たせ方や、スプーンの持たせ方を
やる時と同じでいいと思います。
