年長児の息子は、パニックも強くなり
癇癪も更に強くなります。
しかし、回数は減っていきます。
たぶん合った療育方法に出会いそれが良かったとか、
私の支援方法が板についてきたとか
良い先生にお世話になったとか、
環境が良かったとかではないかもしれません。
様々な要因があるのは事実です。
当時はその様々な要因が良くなったとは思っていましたが
それだけではなく
息子自信に学習があったんだと思います。
そして、親は悟りの時期に入っていきます。
どう変わっていくかは親それぞれ。
確実に言える事はそれぞれの親が子供に応じて
方向転換が変わっていっているという事です。
また、向き合っていない親というのは
存在しないかもしれないなと今更ながら思います。
(向き合い方法も人それぞれ。
例え、横の人からみたら向き合っていない様に見えても
その親にとってはその子に合った向き合い方をしているという事に
なるのかもしれません)
とりあえず、私がやった事は。
・叩かない事=腕を掴む等の圧力はかけない
・大きな声を出さない事=普通の声で支持をする
・威嚇はしない事=表情や心が見えやすい態度で圧力をかけない
大きく箇条書きにすると、こんな感じでした。
今まで、叩かなかったとしても腕を引っ張ったり
大きな声を出さなかったとしても、本人がガツンと思う言葉は使わない。
(ダメとか×という分かりやすいマイナスの単語で圧力をかけない)
威嚇等、怖いお母さんを表現して子供を抑えようとしないという事でした。
私は元々、好きで続けていた物をバッサリと切り捨てて
次の趣味に移行できるような所があったので
新しい支援方法に切り替えたりできたのですが。
コレはかなり辛い支援方法でした。
しかし、この方法は、
癇癪の子やパニック持ちの子に良い方法なのでは無いのですが
息子にとっては、たまたま合った支援方法でした。
息子は、日頃は捻った指示や分かりやすい支援方法で
何とかいう事を聞いてくれる子だったのですが
パニックや癇癪を起した時は、それでは収まらず
私の叩きや腕掴んで引っ張り連れてきたり
表情や強い言葉で、制止されてきた子でもありました。
息子はそれに誤学習し
自分の思う通りにならなかった時に
同じようにアクションが大きくなるようになってしまったのです。
(あ~、こう言えば相手は言う事を聞きやすいのか!みたいな。)
また悪循環で、癇癪の時に大きな声を出して大人しくなったり
頭を1回ゴツンとした事で大人しくなる子になってしまうと
次の時は、その前回以上か、前回の時みたいにしないと
収まらない子にもなっていってたのです。
なので、1回ゴツンで効いてしまったとしたら
次は1~2回。
これは、ダメだと。
私も年を取っていく。
息子の問題行動は減ったとしても、
アクションは大きくなってしまうので
一切変えなければならないし
一つの方法で上手くいったとしたら
次はまた違い方法を探さなければならない。
違う方法を編み出すのもいいが、
コレは圧力を減らしていくべきだと。
そこで、上の3つになりました。
この支援は、就学前しかできないと思い。
支援方法を変える為には、
フェイドアウトしていく癇癪やパニックを起こす機会を
増やさなければならないのと、
更に私自身も抑えたり我慢しなければならないという事で
色々と頑張ったのですが。
たまたま、コレが合ったらしく癇癪やパニック時にも
声が届きやすくなりました。
たぶん、私のこの時期は
私以外のママ友も、自分の子に合わせた支援方法を
究めたり
新しい支援方法を見つけたりとしてると思います。
年長は、更に就学時期でバタバタしがちです。
だからといって、その気配を子供に触れない様に
しなければ
ただでさえ神経をすり減らしている子供が
更に辛い環境に落ちてしまうという事で
親もなるべく子供には安定した環境を作ろうとしがちです。
年長児は、就学に向けてバタバタしてますが
子供と付き合いやすい時期なので
親にとっては悟りの時期かもしれません。
っていうか、いつの間にか悟ってしまってるのかも。
誰もが悟り人です。
4~5歳の頃は
“参加する事に意義がある”と思っていました。
この悟りへの1年を考えると
年長児では
“参加できない事の大切さと、
本人の役割の大切さ(参加できる物に精一杯参加するという事)”
という考えにたどり着きます。
この回り道は、就学時の選択に大きな道しるべとなります。
なので、私は未就学児はいくらでも親は失敗経験をしたり
知りたいと思う事や勘違いに気付き恥ずかし思いをする事は必要に思います。
昔は、助かり辛かった命も今は医療で普通の人と同じように
生きていけるようになりました。
今の発達障害児は大人になり、いつかは私達がこの世に居なくなっても
生きていかなければなりません。
その人生を考えると、
学齢期はわずか十数年しかありません。
なので、僅かな年数の通り道でしかありません。
確かに、中卒になってしまう特別支援学校よりかは
なるべく特別支援教育を受けれる普通小学校に行った方が
子供の学歴には傷つかないかもしれません。
でも、このわずかな十数年に拘っていいのかな?
この子が楽しければとはいうけれど、
どこの場でも楽しめるのではないか?
同じように、勉強というのは学校でなくても
お金さえ出せば教えてくれる場は見つかります。
しかし、同じ年齢の子供達と一緒に学べる場は
お金を出しても、療育施設の空きが無い限り入れません。
同じような年齢で、似たようなスキルを持った子供の
中に入ってやっとその子は、集団の場を得れるのです。
(逆を言うと、その子供が集団を得ろうとする為には
同じ年齢の子供達に、
療育施設の先生並に障害について本読んで講座受けてもらうか、
ハンディキャップを背負ってもらう事をしないと成り立ちません。
要は、スキルの幅がある場で子供が本来学べる経験をさせるのは
どうしても難しくなってしまうという事です。)
中には、知的障害が無いばかりに通級は支援級でさえも入れない
子供がいるのが現状です。
療育施設にも入室できないお子さんもいます。
自分の子は、通級か?固定の支援級か?
固定支援学校か?
特別支援学校で復籍を作るか?
(数年前からあるらしい。参加は特別授業やイベントだそうです。
この復籍は学校が選べないらしく、普通級のみになってしまうそうです。)
自分の子に何が一番、学びやすくて学ぶべきなのか。
それの選択の中で答えを出すためにも、
この悟りへの1年が存在するのかな?と今更ながら思います。
癇癪も更に強くなります。
しかし、回数は減っていきます。
たぶん合った療育方法に出会いそれが良かったとか、
私の支援方法が板についてきたとか
良い先生にお世話になったとか、
環境が良かったとかではないかもしれません。
様々な要因があるのは事実です。
当時はその様々な要因が良くなったとは思っていましたが
それだけではなく
息子自信に学習があったんだと思います。
そして、親は悟りの時期に入っていきます。
どう変わっていくかは親それぞれ。
確実に言える事はそれぞれの親が子供に応じて
方向転換が変わっていっているという事です。
また、向き合っていない親というのは
存在しないかもしれないなと今更ながら思います。
(向き合い方法も人それぞれ。
例え、横の人からみたら向き合っていない様に見えても
その親にとってはその子に合った向き合い方をしているという事に
なるのかもしれません)
とりあえず、私がやった事は。
・叩かない事=腕を掴む等の圧力はかけない
・大きな声を出さない事=普通の声で支持をする
・威嚇はしない事=表情や心が見えやすい態度で圧力をかけない
大きく箇条書きにすると、こんな感じでした。
今まで、叩かなかったとしても腕を引っ張ったり
大きな声を出さなかったとしても、本人がガツンと思う言葉は使わない。
(ダメとか×という分かりやすいマイナスの単語で圧力をかけない)
威嚇等、怖いお母さんを表現して子供を抑えようとしないという事でした。
私は元々、好きで続けていた物をバッサリと切り捨てて
次の趣味に移行できるような所があったので
新しい支援方法に切り替えたりできたのですが。
コレはかなり辛い支援方法でした。
しかし、この方法は、
癇癪の子やパニック持ちの子に良い方法なのでは無いのですが
息子にとっては、たまたま合った支援方法でした。
息子は、日頃は捻った指示や分かりやすい支援方法で
何とかいう事を聞いてくれる子だったのですが
パニックや癇癪を起した時は、それでは収まらず
私の叩きや腕掴んで引っ張り連れてきたり
表情や強い言葉で、制止されてきた子でもありました。
息子はそれに誤学習し
自分の思う通りにならなかった時に
同じようにアクションが大きくなるようになってしまったのです。
(あ~、こう言えば相手は言う事を聞きやすいのか!みたいな。)
また悪循環で、癇癪の時に大きな声を出して大人しくなったり
頭を1回ゴツンとした事で大人しくなる子になってしまうと
次の時は、その前回以上か、前回の時みたいにしないと
収まらない子にもなっていってたのです。
なので、1回ゴツンで効いてしまったとしたら
次は1~2回。
これは、ダメだと。
私も年を取っていく。
息子の問題行動は減ったとしても、
アクションは大きくなってしまうので
一切変えなければならないし
一つの方法で上手くいったとしたら
次はまた違い方法を探さなければならない。
違う方法を編み出すのもいいが、
コレは圧力を減らしていくべきだと。
そこで、上の3つになりました。
この支援は、就学前しかできないと思い。
支援方法を変える為には、
フェイドアウトしていく癇癪やパニックを起こす機会を
増やさなければならないのと、
更に私自身も抑えたり我慢しなければならないという事で
色々と頑張ったのですが。
たまたま、コレが合ったらしく癇癪やパニック時にも
声が届きやすくなりました。
たぶん、私のこの時期は
私以外のママ友も、自分の子に合わせた支援方法を
究めたり
新しい支援方法を見つけたりとしてると思います。
年長は、更に就学時期でバタバタしがちです。
だからといって、その気配を子供に触れない様に
しなければ
ただでさえ神経をすり減らしている子供が
更に辛い環境に落ちてしまうという事で
親もなるべく子供には安定した環境を作ろうとしがちです。
年長児は、就学に向けてバタバタしてますが
子供と付き合いやすい時期なので
親にとっては悟りの時期かもしれません。
っていうか、いつの間にか悟ってしまってるのかも。
誰もが悟り人です。
4~5歳の頃は
“参加する事に意義がある”と思っていました。
この悟りへの1年を考えると
年長児では
“参加できない事の大切さと、
本人の役割の大切さ(参加できる物に精一杯参加するという事)”
という考えにたどり着きます。
この回り道は、就学時の選択に大きな道しるべとなります。
なので、私は未就学児はいくらでも親は失敗経験をしたり
知りたいと思う事や勘違いに気付き恥ずかし思いをする事は必要に思います。
昔は、助かり辛かった命も今は医療で普通の人と同じように
生きていけるようになりました。
今の発達障害児は大人になり、いつかは私達がこの世に居なくなっても
生きていかなければなりません。
その人生を考えると、
学齢期はわずか十数年しかありません。
なので、僅かな年数の通り道でしかありません。
確かに、中卒になってしまう特別支援学校よりかは
なるべく特別支援教育を受けれる普通小学校に行った方が
子供の学歴には傷つかないかもしれません。
でも、このわずかな十数年に拘っていいのかな?
この子が楽しければとはいうけれど、
どこの場でも楽しめるのではないか?
同じように、勉強というのは学校でなくても
お金さえ出せば教えてくれる場は見つかります。
しかし、同じ年齢の子供達と一緒に学べる場は
お金を出しても、療育施設の空きが無い限り入れません。
同じような年齢で、似たようなスキルを持った子供の
中に入ってやっとその子は、集団の場を得れるのです。
(逆を言うと、その子供が集団を得ろうとする為には
同じ年齢の子供達に、
療育施設の先生並に障害について本読んで講座受けてもらうか、
ハンディキャップを背負ってもらう事をしないと成り立ちません。
要は、スキルの幅がある場で子供が本来学べる経験をさせるのは
どうしても難しくなってしまうという事です。)
中には、知的障害が無いばかりに通級は支援級でさえも入れない
子供がいるのが現状です。
療育施設にも入室できないお子さんもいます。
自分の子は、通級か?固定の支援級か?
固定支援学校か?
特別支援学校で復籍を作るか?
(数年前からあるらしい。参加は特別授業やイベントだそうです。
この復籍は学校が選べないらしく、普通級のみになってしまうそうです。)
自分の子に何が一番、学びやすくて学ぶべきなのか。
それの選択の中で答えを出すためにも、
この悟りへの1年が存在するのかな?と今更ながら思います。