桜の満開と共に、私と息子は満開に駆け出し始めてたような気がします。
幼稚園では、今まで何となく連れてこられてたのに嫌々が始まり。
幼稚園と療育施設と、病院と自宅療養の日々。

この時は、前半は息子は教室慣れしていて
知的障害児でも健常の子と共に居れる事も出来ました。

また、幼稚園に通う際に心がけていたのは
一切、同じ園の子に迷惑を掛けず甘えない事。
その為には、子供たちに息子の障害を聞かれたら
生まれつき出来ない子として生まれたんだというのを
正直にその子その子に分かりやすい説明で教えるという事。
この正直に話す上で、経験し学んだ事は
「この子はちょっとおかしいね?」と聞いてきたら
そのおかしいと見える客観性は正しいんだというのを
共感する事で理解してもらえるという事に
気が付きました。

教室内では出来るだけ加配させてもらう事。
園内の話は一切、周囲には漏らさずに
子供達の会話も関係も一切答えない事。

子供達が、私と遊びたい時は息子と分け隔てなく遊ぶ事。
加配の時どうしたらいいか?どこの位置にいたらいいかを
相談を欠かさない事。
PTAの迷惑にはならない事・・・等々。
一番は、園のお友達の大切な経験のひと時を邪魔しない事でした。

一切、この心に決めた事は未だに誰にも漏らしていないのですが
やはり、園ママ達は何も言わなくても理解してくださいました。


発達障害児のお子さんを持つ方々にも、健常の子供達との中で
加配される方も多いと思います。

ほんと、なんて答えたらいいのか分かりませんよね。

そういう時は、この子は生まれ持って出来ないと、本当の事を
教えるべきに思います。

子供達が聞いてくるという事は、ただ聞きたいのではなく
我が子に興味があり、違いを知りたいのです。
なので、子供だと思わずに一人の人として誠意持って説明した方がいいと思います。

4歳児になると、パニックも癇癪も、問題行動も強くなっていきます。

良い行動が目立つという事は、起こして欲しくない行動も目立っているという事です。

それは、自我として思わない方がいいかもしれません。
どちらかといいうと、様々な感覚の芽生えとして観た方が近いかも。

一番イライラするかもしれません。

また、出来なかった周囲への表現方法も
前年度よりも上手くなっていると思います。

という事は、親はイライラになりやすいのです。

こういったときの為に、3歳児で見切りをつける必要が
あるような気もします。

4歳で言えるのは、自我の発達というよりも様々な感覚への芽生え。
親から見たら、問題行動も勃発。

親という物は、良い行動よりも悪い行動の方が
印象に残りやすい物。

しかし、細かくメモを取るように良い行動も書き起こすべきに思います。
そうした時に、子供が悪い行動をする反面、しっかりと良い行動も
起こしているという事。

こういった時期のポイントは、何が正しいのかというより
何をするのが正しいのかという方法をいまいち理解していません。 

例えば、挨拶の方法を教えるのではなく
挨拶の意味を教えるのではなく、
具体的に
朝は、こんにちはと言い
2秒間頭を下げて次の1秒で頭を上げるという
方法を教えるような物。

この具体的な支援はこの先何年も続くかもしれませんが
この時期から、
子供は理解していると親は勘違いしている事が多くなるかも。

コレは障害の重さ軽さは関係ないかもしれません。

また、集団生活を極度に嫌がったのもこの時期になります。
登校拒否、入室拒否、参加拒否沢山してきました。
当時、参加する事に意義があると思ってきました。

しかし、途中から本当にそうなのかな?と思うようになります。
この途中段階前のこの心理は、今となっては仇となり
地場固めにもなっていると思います。

確かに、最初っから分かって支援していたら楽になりますし
遠回りせずに終える事は多すぎます。
息子にとっては、参加する事に意義があると思い
スモールステップで登校拒否、数秒のみの参加、切り上げや
支援方法を考えたり変えたり加えたりもしてきた研究や積み重ねを
思うと、今となっては大切な親子二人三脚になりました。

なので、この時期の参加する事に意義があり
この子が参加するにはどのようにすればいいか?と悩むきっかけは
この年齢ならではの親の大切な山場だったと思います。

年少児が、療養スタートや初めてだらけの場だとしたら
年中児は、試練の年かもしれません。