特別支援教育や、療育。

よく耳にするのは、
スモールステップです。

もう私達には耳にタコが出来てるかも。
毎日の面倒臭い中で、それでも
私達は大切さを知ってるのが
スモールステップ。

スモールステップは、
子供だけでなく親も楽なんですよ。

大人が苦手なピーマンやニンジンを
丸のみにするか?みじん切りかた食べるか?
みたいな物で。


視野の狭さに、必ず入れておきたいのが
スモールステップ。

大人はそのスモールステップをする為に
子供の取りかからなければならない物から
ズームアウトして段階を探します。

ステップを探す。

時には、その為に下調べや
何故、その乗り越える物が必要なのかを
勉強しなければならないし
時には、下見をしなければならないし
視覚支援の物を用意したり
玩具等を利用したり。

親の方は、スモールステップを作る側。

しかし、子供の方は
それがスモールステップかという物を
理解出来ません。

また、逆に
どうして、いまこの段階を踏んでいるか
というの物を知らない方が良い子もいます。

【え?出来ちゃったの?】みたいな。


子供にしてみれば、毎日が課題。

先の見えない支援。

毎日の事でしょ?
という物も把握できない子もいます。

例えてみたら、
ゲームセンターのカーレイスに
いちいち教習所の教官みたいな店員が横に居て

「百円出しまーす」
「はい、お金入れまーす。」
「1プレイか2プレイかの選択しまーす。」

みたいな事を言われたら・・・
楽しさも減る。

でも、彼等にとってみたらそれが日常。

なので、スモールステップを与える側は
いかに空気になり
いかに気持ち良い煽て上手にならなければならない。

ドラマのナレーターさんみたいな。
あんな横でゴチャゴチャ言われても
嫌な気分にさせない存在になる必要があり。

また、彼等にとってのスモールステップは
私達の中からしたら、初段階や中段階だとしても
彼等にとって今のスモールステップは
毎回がゴールだという事を忘れてはならなくなります。


なので、スモールステップの先には
大きな終了があるという事の積み重ね。

親も子も楽になり、
細かい達成のスモールステップ。

それを続ける事で、
彼等にとっての連続するスモールステップには
起承転結の様にドラマがあるというのを、
経験し教えてあげられるかもしれません。