この世の中では、
障害者という枠に入れる子は
どの位いるのでしょうかね?

とりあえず、IQという全国共通模試みたいな物で
能力を数字にしてもらえていますが。
それに入れないお子さんはどうなるのでしょうか。

他人の事なので、
気にしなくてもいいのかもしれないけど
この障害者の枠に入れないお子さんは
どれだけいるんだろうと思うと心が痛みます。

中には、私と同じく親が訴えても
その枠に入れないお子さんもいるだろうし。
片方の親御さんが訴えても、もう片方の親御さんと
合わなくて枠に入れなかったり、
または親御さん自身が、そのお子さんの秀でる物が
目立ってしまった事で枠に入れなかったり
またはお子さんが自分の秀でる物を理解してる為に
認められなかったり。
様々な理由があるとは思う。


私の思う、障害者枠。
それはシャボン玉のシェルターに思います。

社会という名のシャボン液があり、
そこでその当事者を包む人がストローでフゥ~っと
ゆっくり割れない様に吹く事で出来るシェルターです。

この障害者枠に入れた事で、
障害児達は割れない限り、虹色の中で外の景色と融合されて
その子ペースに風に揺られてみんなと同じく空に登って行くんだと思います。
普通の人達は、タンポポの綿毛の様に風を察知して飛べるけどね。

確かに、枠に入った事で障害者だという名目が付き
本人が望んだ訳でもないのに風当りが強くて辛い時も多々ありますが。
でも、世の中にはそういう場ばかりとは限りません。
健常児の中にだって、差別や風当りはよくある事だし。
枠に入らなくても他人から凸凹を見つけられて風当り強い時もある。

あと、この世界に来て一番驚いたのは
健常者と障害者の衝突よりも、支援者と障害者とその家庭よりも
障害児の親同士の衝突が多いという事。

勿論、その裏には健常者から障害児への優しさと支援者からの優しさ
同じ障害児同士やその親同士が励まし合う姿も
沢山見てきました。

このシャボン玉のシェルター。
全ての子供達が入れる為には僅かなシャボン液もそうですが
何よりその子の為に大きなシャボン玉を作ろうと強く思う人が必要。

途中で割れてしまっても、こういう人が居る限りその子供は大丈夫。
また、昨日までは入れなかった子がいても明日には入れるかもしれない。

親は自分の子が、タンポポの綿毛を備えているか?
またはシャボン玉に入らないと空に飛べない子かを、しっかり見守るのが重要。

障害者枠に入るという事は社会の中で、
その子を生きやすくする為ではなく
その子をいかに、どう社会の中で生きて行くかという事。

是非とも障害者枠を必用な子には、枠という区別の優しさを。
今の日本は、保護者が認めない限り障害者枠に進めませんが
いつか他人からも出来るようになれたらいいなぁ~と思います。
それは、恐ろしい事に思えるかもしれませんが
でもその子供達が社会の中で
シャボン玉のシェルターに入れる事には変わりないからね。