全体的に不器用だったり、
変な所で得意じゃないか?という物を見つけたり
かと思えば、拘りやすい割に3日坊主でもある自分。
今の私に自信があるという物は
見つかりませんが、
誇りを持っている事があります。
それは、私も自閉症であるという事。
だからこそ、親として息子を面白いと思える事。
うちの親は幼少の頃から沢山習い事をさせ
お前は特別な子供だと育ててきました。
私が幼少だった頃の親の育児は
お前はちょっと変わってる子だという事を
隠すようにしながら育てていたと思います。
また、興味持つ物は殆ど体験させてもらえました。
ある程度の年齢になった頃から、
親は徐々に
「お前は変わった子なんだから、自分の意見を言うのは止めなさい」
「自分の思う事は大切にしなさい。でも、他人に話す時は何度も考えなさい。」
と、言われるようになりました。
勿論、私の興味持つ物は相変わらず反対はせず。
むしろ、応援。
たまに、知らない世界の物をポーンと持ってくると
親はそれに、何ソレ?と興味を持ってくれる。
娘である私は、そんな親が自慢でした。
また、バンドのメンバーと喧嘩をしてスタジオをサボった時も
何故か父が私に説教する始末(笑)
私が大切にしたい場所には、常に遠い所から目を向けてる両親がいました。
↑
「バンドやりたいのなら、痩せなさい」とか、
「お前の演奏は上手いんだか下手なんだか分からない」とか、
「セバスチャン・バズが一番美しい。」とかやら、
「歌を聞く時は、楽器の音ではなく歌詞をかみしめなさい。
意味も解らず聴くのは恥ずかしいから、英語勉強しなさい。」
って言われた時は爆笑。
もう、どんだけ子供と同じ目線になろうとしてたんだろう(笑)
バンドやっていたお蔭で、私は必要以上に人間関係揉まれ
逃げたくても好きな物を続けたいという事で、
その輪の中を我慢したり学んだり。
社会性を持つきっかけとなりました。
現在、ママさん関係でそれなりに関係を築けて行けるのは
社会人経験もそうですが、一番はバンド経験の影響だと思います。
そのバンドを楽しく出来たのも、
楽器一本スタートした頃から、共感してくれていた親のお蔭。
今思うと、ただでさえ変わり者の娘なのに
楽器を持たせた親は凄い人達だなと思います。
いざ、自分が親になり振り返った時。
親がどれだけ、私の事を尊重してくれていて
共感してくれて、
また、私が求める場所を認めてくれていていた事か
改めて考えさせられるようになりました。
他人と合わせられなかったり
他人とはちょっと変わった事を持っていても。
親はそれを、「一応隠しておけ」とは言うけど
一度たりとも否定しないし、止めさせる事もせず。
隠しておけというのは、私が社会で生きやすい方法を
親なりに考えたアドバイスなんだと思います。
一度だけ、母から教えてもらった事があるのですが。
両親が幼児だった頃の私の育児で悩んでいた頃、
祖父の姉が
「この子はちょっと他の子とは違うよ。
だから、うんと大切に育てなければいけない。」
と、アドバイスをしたそうです。
今思えば、そのお婆さんは沢山子供を見てきたので
すぐ私の特性に気付いたのでしょうね(笑)
また、母がそのエピソードをカミングアウトしたという事は
亡くなるまで、また闘病中も含めて
私を大切に育てなければと心掛けてたからなのでしょうね。
勿論、今も健在してる父もですが。
そのうんと大切に育てるという、お婆さんからの言葉。
それが、自分で言うのも可笑しけど
芽が出て花が咲き、誇りと言う物へと変わりました。
息子も、引き継ぐかのように自閉症。
そして、知的障害というWコンボ(笑)
幼いままだからこそ、凸凹だからこその
息子のそのものを、
親がしてきてくれたように。
いつか、息子が自分に誇りを持てるように
うんと大切に育てて行きたいと思います。
母の手というブログを書き、
母の苦労も思い出しました(笑)
償う様に、母のしてきた事に感謝し
恩返しとして、大切に育てなければと思います。
親が子供に共感し、それを認めた事で
その子供が何年か後に、
自身に誇りを持つという事もあるという
私の例の話でした。
変な所で得意じゃないか?という物を見つけたり
かと思えば、拘りやすい割に3日坊主でもある自分。
今の私に自信があるという物は
見つかりませんが、
誇りを持っている事があります。
それは、私も自閉症であるという事。
だからこそ、親として息子を面白いと思える事。
うちの親は幼少の頃から沢山習い事をさせ
お前は特別な子供だと育ててきました。
私が幼少だった頃の親の育児は
お前はちょっと変わってる子だという事を
隠すようにしながら育てていたと思います。
また、興味持つ物は殆ど体験させてもらえました。
ある程度の年齢になった頃から、
親は徐々に
「お前は変わった子なんだから、自分の意見を言うのは止めなさい」
「自分の思う事は大切にしなさい。でも、他人に話す時は何度も考えなさい。」
と、言われるようになりました。
勿論、私の興味持つ物は相変わらず反対はせず。
むしろ、応援。
たまに、知らない世界の物をポーンと持ってくると
親はそれに、何ソレ?と興味を持ってくれる。
娘である私は、そんな親が自慢でした。
また、バンドのメンバーと喧嘩をしてスタジオをサボった時も
何故か父が私に説教する始末(笑)
私が大切にしたい場所には、常に遠い所から目を向けてる両親がいました。
↑
「バンドやりたいのなら、痩せなさい」とか、
「お前の演奏は上手いんだか下手なんだか分からない」とか、
「セバスチャン・バズが一番美しい。」とかやら、
「歌を聞く時は、楽器の音ではなく歌詞をかみしめなさい。
意味も解らず聴くのは恥ずかしいから、英語勉強しなさい。」
って言われた時は爆笑。
もう、どんだけ子供と同じ目線になろうとしてたんだろう(笑)
バンドやっていたお蔭で、私は必要以上に人間関係揉まれ
逃げたくても好きな物を続けたいという事で、
その輪の中を我慢したり学んだり。
社会性を持つきっかけとなりました。
現在、ママさん関係でそれなりに関係を築けて行けるのは
社会人経験もそうですが、一番はバンド経験の影響だと思います。
そのバンドを楽しく出来たのも、
楽器一本スタートした頃から、共感してくれていた親のお蔭。
今思うと、ただでさえ変わり者の娘なのに
楽器を持たせた親は凄い人達だなと思います。
いざ、自分が親になり振り返った時。
親がどれだけ、私の事を尊重してくれていて
共感してくれて、
また、私が求める場所を認めてくれていていた事か
改めて考えさせられるようになりました。
他人と合わせられなかったり
他人とはちょっと変わった事を持っていても。
親はそれを、「一応隠しておけ」とは言うけど
一度たりとも否定しないし、止めさせる事もせず。
隠しておけというのは、私が社会で生きやすい方法を
親なりに考えたアドバイスなんだと思います。
一度だけ、母から教えてもらった事があるのですが。
両親が幼児だった頃の私の育児で悩んでいた頃、
祖父の姉が
「この子はちょっと他の子とは違うよ。
だから、うんと大切に育てなければいけない。」
と、アドバイスをしたそうです。
今思えば、そのお婆さんは沢山子供を見てきたので
すぐ私の特性に気付いたのでしょうね(笑)
また、母がそのエピソードをカミングアウトしたという事は
亡くなるまで、また闘病中も含めて
私を大切に育てなければと心掛けてたからなのでしょうね。
勿論、今も健在してる父もですが。
そのうんと大切に育てるという、お婆さんからの言葉。
それが、自分で言うのも可笑しけど
芽が出て花が咲き、誇りと言う物へと変わりました。
息子も、引き継ぐかのように自閉症。
そして、知的障害というWコンボ(笑)
幼いままだからこそ、凸凹だからこその
息子のそのものを、
親がしてきてくれたように。
いつか、息子が自分に誇りを持てるように
うんと大切に育てて行きたいと思います。
母の手というブログを書き、
母の苦労も思い出しました(笑)
償う様に、母のしてきた事に感謝し
恩返しとして、大切に育てなければと思います。
親が子供に共感し、それを認めた事で
その子供が何年か後に、
自身に誇りを持つという事もあるという
私の例の話でした。