奇声を言語のひとつとして受け入れるしかないと
これの前までに書いてきましたが。
言語中枢「言語機能」
言語の理解と生成とを司る大脳の部分
こちらは、
3歳までに成熟される部分なのですが
運動と感覚、言語と関わりがあります。
それが形成されていった後に(3歳後)、
脳の言語発語や左右認識、聴覚や視覚
音声理解、言語理解、コミュ、記憶など
発達していくんだと思いますが。
注目する点では言語発語です。
(6歳位までの形成が目安)
脳のその近い所で働いてる部分
そこらへんには
「表情」や「態度」があります。
そして、身近な所には「意欲」あります。
障害児は、3歳まで目安の所も
不器用に形成されていき、
6歳までの目安の所も
不器用に形成されて行くものなんだと思っています。
乳児の頃に必要である面の
スキルが充分に達してないままに
言語発語へと。
電車で例えると、埼京線の通勤快速。
各駅停車は、
旧、大宮、与野、浦和、戸田へ順次進み
そして、北区の東京へまたがり
板橋から新宿へと目出度くいきます。
しかし、この子達は快速電車。または通勤快速。
大宮をスタートしたかと思ったら、
与野を飛ばして、まさかの浦和。
次は戸田なんだろうなぁ~と思ったら
あれれと戸田をまたいで、
北区に入り~新宿へ。
それを思えば、
周囲に理解を得られるのが難しかったり、
周囲に理解を求めるのが難しかったり、
周囲の事を理解するのはもっと難しい。
つまり、その時の自分の環境を感じたまま表現するのが
奇声としての手段になるのも理解出来ます。
健常の人は、
生まれ持った140億ある脳細胞を
必用や不必要という様に
必用な部類だけを使用して生きて行きます。
しかし、障害者はそれが出来ない為に
脳の中では雑音だらけです。
なので、彼らの記憶にはtimeも難しくなります。
例えば、大宮から新宿まで。
健常の子供と障害もった子がスタートするとします。
要は、大宮から新宿まで
健常な子は埼京線一本乗って行けばいいので
楽々に一本選んで乗るのですが。
障害者である彼等の場合は、雑音だらけの脳なので
1本のみが見えずに
高崎線→京浜東北線→埼京線→山手線を
乗り換えてしまう程の雑音さなのです。
親である私達は、
この子達に、どうやっていけばいいか。
簡単に、
「埼京線一本でいけるよ♪」
という訳にはいきません。
高崎線に乗って、
大宮から浦和まで来れたね~
京浜東北線に乗って、
浦和から赤羽までこれたね~
埼京線に乗って、
赤羽から池袋まで来れたね~
山手線に乗り、
すごいね、あなたは新宿まで来れたんだよ。
と、本人に伝える。
それしか出来ません。
本当、面倒です。
彼等が、何故一本で済むのに
こんなに乗り換える必要があったのか。
それは、
一本以外の線路だけが浮いて見えずに
他の路線まで、全てが
同じ色路線に見えていたからなのです。
だから、目の前に他の線路があり
焦ってしまい、奇声を出してしまう。
または、乗ろうとしていた電車があるのに
親が埼京線一本に乗せようとする為に奇声を出してしまう。
そこで親の私達は、それが分からずに
奇声を理解したくて、または止めたくて戸惑ってしまう。
健常なら、必用の無い線路はスルー出来るのに。
奇声が出る子は、パニックも付き物です。
パニックは当然の事ながら、
奇声と同じく、フェイドアウトしていく錯覚はあっても
消える事はありません。
付き合うしかありません。
親がどこまでも理解して、
彼等が大宮から新宿まで、
到着しようとしてるのかをガイドするなり
褒めるなり共感する等しながら
見て行けばいいんだと思うのです。
悲しいかな、障害児も年を取ります。
なので親はこの中で18歳までの
教育をしなければなりません。
なので、色々こういった子達の為の情報を探したり
勉強したり、医師を探したり、療育へと連れて行きます。
まさに、奇声が激しいのは2歳~5歳。
医師が判定するのも3歳からが殆ど。
奇声の激しい時期に、親達が戸惑うのも無理ないし。
知った所で、色んな門を叩いたとしても
のれんに腕越しです。
詳しい情報を話さずに、
奇声してる子供と苦戦する母親を見て
またはだいたいは解っていても
断言の出来ない地域の子育てセンターの人達。
ほんと、辛いよね。
ココまで書いといて、ほんと。
私達の子供が奇声を出すのは、
宇宙の構造よりも面倒臭くて未知なる物。
これの前までに書いてきましたが。
言語中枢「言語機能」
言語の理解と生成とを司る大脳の部分
こちらは、
3歳までに成熟される部分なのですが
運動と感覚、言語と関わりがあります。
それが形成されていった後に(3歳後)、
脳の言語発語や左右認識、聴覚や視覚
音声理解、言語理解、コミュ、記憶など
発達していくんだと思いますが。
注目する点では言語発語です。
(6歳位までの形成が目安)
脳のその近い所で働いてる部分
そこらへんには
「表情」や「態度」があります。
そして、身近な所には「意欲」あります。
障害児は、3歳まで目安の所も
不器用に形成されていき、
6歳までの目安の所も
不器用に形成されて行くものなんだと思っています。
乳児の頃に必要である面の
スキルが充分に達してないままに
言語発語へと。
電車で例えると、埼京線の通勤快速。
各駅停車は、
旧、大宮、与野、浦和、戸田へ順次進み
そして、北区の東京へまたがり
板橋から新宿へと目出度くいきます。
しかし、この子達は快速電車。または通勤快速。
大宮をスタートしたかと思ったら、
与野を飛ばして、まさかの浦和。
次は戸田なんだろうなぁ~と思ったら
あれれと戸田をまたいで、
北区に入り~新宿へ。
それを思えば、
周囲に理解を得られるのが難しかったり、
周囲に理解を求めるのが難しかったり、
周囲の事を理解するのはもっと難しい。
つまり、その時の自分の環境を感じたまま表現するのが
奇声としての手段になるのも理解出来ます。
健常の人は、
生まれ持った140億ある脳細胞を
必用や不必要という様に
必用な部類だけを使用して生きて行きます。
しかし、障害者はそれが出来ない為に
脳の中では雑音だらけです。
なので、彼らの記憶にはtimeも難しくなります。
例えば、大宮から新宿まで。
健常の子供と障害もった子がスタートするとします。
要は、大宮から新宿まで
健常な子は埼京線一本乗って行けばいいので
楽々に一本選んで乗るのですが。
障害者である彼等の場合は、雑音だらけの脳なので
1本のみが見えずに
高崎線→京浜東北線→埼京線→山手線を
乗り換えてしまう程の雑音さなのです。
親である私達は、
この子達に、どうやっていけばいいか。
簡単に、
「埼京線一本でいけるよ♪」
という訳にはいきません。
高崎線に乗って、
大宮から浦和まで来れたね~
京浜東北線に乗って、
浦和から赤羽までこれたね~
埼京線に乗って、
赤羽から池袋まで来れたね~
山手線に乗り、
すごいね、あなたは新宿まで来れたんだよ。
と、本人に伝える。
それしか出来ません。
本当、面倒です。
彼等が、何故一本で済むのに
こんなに乗り換える必要があったのか。
それは、
一本以外の線路だけが浮いて見えずに
他の路線まで、全てが
同じ色路線に見えていたからなのです。
だから、目の前に他の線路があり
焦ってしまい、奇声を出してしまう。
または、乗ろうとしていた電車があるのに
親が埼京線一本に乗せようとする為に奇声を出してしまう。
そこで親の私達は、それが分からずに
奇声を理解したくて、または止めたくて戸惑ってしまう。
健常なら、必用の無い線路はスルー出来るのに。
奇声が出る子は、パニックも付き物です。
パニックは当然の事ながら、
奇声と同じく、フェイドアウトしていく錯覚はあっても
消える事はありません。
付き合うしかありません。
親がどこまでも理解して、
彼等が大宮から新宿まで、
到着しようとしてるのかをガイドするなり
褒めるなり共感する等しながら
見て行けばいいんだと思うのです。
悲しいかな、障害児も年を取ります。
なので親はこの中で18歳までの
教育をしなければなりません。
なので、色々こういった子達の為の情報を探したり
勉強したり、医師を探したり、療育へと連れて行きます。
まさに、奇声が激しいのは2歳~5歳。
医師が判定するのも3歳からが殆ど。
奇声の激しい時期に、親達が戸惑うのも無理ないし。
知った所で、色んな門を叩いたとしても
のれんに腕越しです。
詳しい情報を話さずに、
奇声してる子供と苦戦する母親を見て
またはだいたいは解っていても
断言の出来ない地域の子育てセンターの人達。
ほんと、辛いよね。
ココまで書いといて、ほんと。
私達の子供が奇声を出すのは、
宇宙の構造よりも面倒臭くて未知なる物。

