よく、雲の上で天使たちが

「あの家の子になろう」

とか言う話もあると思いますが、

私の記憶では、そんなメルヘンな物はありません。


よっぽど、根がひねくれてるのかもしれません。


2つめの胎内の記憶。


自分の事をほっといて欲しかった。


毎日、忘れた頃に母は私の話をしていました。


「この子が~」

「この子が産まれたら~」


外国人の話を聞いてる様に、

だいたいでしか、話している言葉は分かりませんが。

でも、自分の話を始めてるのは分かりました。


それが、本当嫌でした。


まただ・・・。

また、私の事だ。


そんな記憶がします。

なんだろう。

喜ばしい話なのでしょうが、

その行為は、とても威圧的な。

自分の噂話を聞こえる場でされてる様な。


こっちまで期待感が伝わってきそうな。

このプレッシャーはうっとおしい物でした。


例えていうのなら、

何歳になっても親がほっぺにチューをしてくるような

そんなうっとおしさです。


これが2つ目の記憶。


連日起こるのでゆっくり眠れませんでした。


なので、息子がお腹の中に居た時は

「この子が~」

という話は一切しませんでした。


母からは、沢山の妊婦を観てきたので異様だったそうです。

何しろ、妊婦なのに子供に対する話をしたがらないのですから。


赤ちゃんでも人間。

例え、お腹の中でも人間。


大人が、上司に雑談の中に自分の名前があると

良い話でも悪い話でも、ソワソワしてしまうようなもの。



お腹の中にいても、人は一丁前なんですよね。

もちろん、それぞれ性格があるので

自分の話をされて嬉しい人もいるし、

頑張りたくて生まれるのが楽しみな子もいると思います。

こう考えると、やっぱり人間って面白い。