ブログ内では、私の語りに入ってしまうので
文頭に言いたかった事だけ書こうと思います
褒めてからが、またスタートになる。
以下、語りが入りますので苦手な方はスルーよろしくお願いします
息子は、人前に出るのが苦手です。
知能が2歳遅れといったとしても
子供人生は5年。
私はドクターと話しているとついつい癖になり
子供を3歳児の子と認識しながらの支援になってしまいます。
しかし、息子の担任の先生は
自分の積み重ねた担任経験と、
今の担任になった子供達を真正面から知り
学ぼうと前向きに考えてくださる先生なので
時折、頂く言葉に驚いてしまう事が
「彼には、どう言われようと私には彼には彼の人生があり
5歳だと思っているんです。
彼は出来ないかもしれないけど、5年間生きてきたのですから
3歳だと思ったら、彼に失礼ですよ。」
と・・・。
正直、そんな事考えた事ないのでビックリしました。
本来そうなのに、私も他の支援してる先生もそういう表現が無かったので。
そんな先生なので、息子への対応はどこか療育施設の先生と変わっています。
話は元に戻り、
息子は人前に出るのが苦手。
しかし、集団になるとそうもいかない。
毎度、先生はなるべく息子に人前に立つ事もさせたくて
声をかけてくださります。
「○○君、やってみる?やってみようか?」
勿論、息子は
「やらない。 やめる。」
親の私からしたら、
このまんま息子を引っ込めちゃおうか?と思ったり
人形の様に誘導させたくもなってみたり。
しかし、先生は毎度同じように
「偉い!!ちゃんとやらないって言えるのが偉い!!」
と、生徒達の前で褒めてくださり。
それを見てた子供達も、偉い!と拍手したり。
今では、集団参加も徐々に上手になり
療育施設ではしないのに、
幼稚園ではやってみようとしてみる場面が伺えました。
それもこれも、先生の息子を5歳と思った上での支援と
息子への集団への意識を信じてくださったからだと思います。
私は担任の先生と出会ってから、
新しく出来かけた支援での見方もまた崩され
またまた新しく支援への見方が生まれました。
3歳児と認識した上で、子供を伸ばす支援をするのも大切ですが
5歳児だと認識した上での支援の方が、
実は正しいのではないか?と思う今日この頃です。
文頭に言いたかった事だけ書こうと思います

褒めてからが、またスタートになる。
以下、語りが入りますので苦手な方はスルーよろしくお願いします

息子は、人前に出るのが苦手です。
知能が2歳遅れといったとしても
子供人生は5年。
私はドクターと話しているとついつい癖になり
子供を3歳児の子と認識しながらの支援になってしまいます。
しかし、息子の担任の先生は
自分の積み重ねた担任経験と、
今の担任になった子供達を真正面から知り
学ぼうと前向きに考えてくださる先生なので
時折、頂く言葉に驚いてしまう事が

「彼には、どう言われようと私には彼には彼の人生があり
5歳だと思っているんです。
彼は出来ないかもしれないけど、5年間生きてきたのですから
3歳だと思ったら、彼に失礼ですよ。」
と・・・。
正直、そんな事考えた事ないのでビックリしました。
本来そうなのに、私も他の支援してる先生もそういう表現が無かったので。
そんな先生なので、息子への対応はどこか療育施設の先生と変わっています。
話は元に戻り、
息子は人前に出るのが苦手。
しかし、集団になるとそうもいかない。
毎度、先生はなるべく息子に人前に立つ事もさせたくて
声をかけてくださります。
「○○君、やってみる?やってみようか?」
勿論、息子は
「やらない。 やめる。」
親の私からしたら、
このまんま息子を引っ込めちゃおうか?と思ったり
人形の様に誘導させたくもなってみたり。
しかし、先生は毎度同じように
「偉い!!ちゃんとやらないって言えるのが偉い!!」
と、生徒達の前で褒めてくださり。
それを見てた子供達も、偉い!と拍手したり。
今では、集団参加も徐々に上手になり
療育施設ではしないのに、
幼稚園ではやってみようとしてみる場面が伺えました。
それもこれも、先生の息子を5歳と思った上での支援と
息子への集団への意識を信じてくださったからだと思います。
私は担任の先生と出会ってから、
新しく出来かけた支援での見方もまた崩され
またまた新しく支援への見方が生まれました。
3歳児と認識した上で、子供を伸ばす支援をするのも大切ですが
5歳児だと認識した上での支援の方が、
実は正しいのではないか?と思う今日この頃です。