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ストーリープロフィールライター樋口亜沙美です。
今日は、今年プロテストに合格されたプロボウラー村上好(むらかみこのみ)さんのプロフィールをご紹介いたします。
インタビューの時のレポート記事もあります。
それがこちら
「作成中のプロフィール」24歳でボウリングを始め、32歳で合格!~村上好さん
合わせてお読みいただけると嬉しいです。
このみさんは帯広出身。
スガイディノス帯広所属。
驚くことに、ご主人も歴の長いプロボウラーでいらっしゃいます。
北海道で唯一の夫婦プロボウラーということで今注目度急上昇中!!
スポーツが苦手でスキップもできないほど、運動とは無縁だったそうですが・・
とあるきっかけでボウリングが楽しくなりスイッチが入ったこのみさん。
涙ぐましい努力の末32歳という年齢でプロテストに合格されました。
32歳はまだまだ若いはず、けれどプロの世界では20歳前後から活躍する方も少なくない。
このみさんの重ねられてきた努力に、私は度肝を抜かれました。
個人的にも応援しています!
プロフィールは、
プロフィールは、
こちらのページで一部紹介いただいています。
読む方が応援したくなる記事を。
動きのある物語記事を。
そう心がけてつくりました。
これまでにない超大作(4000文字超)となっております!百聞は一見にしかずということで、ぜひ最後までお読みいただけると嬉しいです!
村上好(むらかみ このみ)
■身長:163.5cm
■誕生日:3月8日
■血液型:O型
■出身地:北海道帯広市
■プロ入り:2015年(48期生 ライセンスNo.535)
■利き腕:左投げ
■アベレージ(2015年順位戦):205
<略歴>
OLをしていた24歳当時、会社のボウリング大会でスコア130を記録し女子の部で優勝。幼少期から運動音痴でスポーツは全くできなかったことから、「こんな自分でも人と競えるスポーツがあったんだ!」とボウリングの面白さに目覚める。
後に夫となるプロボウラー村上拓也の指導を受けることに。13ポンドのマイボールを真っ直ぐ投げられずスコア70の時期を経験。コーチに認めてもらいたい気持ちから「プロになりたい!」と発言。至って本気だったが、あまりに実力不足であるためにコーチを怒らせたことも1度ではなかった。その後本格的にプロを目指すため会社を退職。平坦な道のりではなかったものの、コーチの厳しい指導を受け2人3脚で練習に打ち込み、2015年2度目の挑戦で見事プロテスト合格。奇しくも、夫の村上拓也がプロ入りした時と同じ32歳でプロ入りを果たす。目標はシード権を獲得することと、夫婦でミックスダブルストーナメントに出場し、優勝すること。

村上好プロボウラーへの物語
1.「ボウリング」との出会い
~私でも人と競えるスポーツがあったんだ!~
2.最悪のスタート、そしてコーチの厳しい指導!
3.転機、そして結婚
4.プロテストに合格
『こんな私でも人と競えるスポーツがあったんだ!』
『あれ・・・もしかして場違い!? ちゃんと上達できるかな!?』
『負けていられない!ステキなコーチに認めてもらいたい!』
「コーチ、私、プロになりたいです!」
「ふざけんな!!(by コーチ)」
『なんだろう、慰めのメールかな!?♪』
そう思って携帯を開くと・・・
「やめちまえ」の一言。
・・・ガーン!! ((((;゚Д゚)))))))
『絶対に諦めたくない!』
「私、会社辞めます!」
「好きにしろ!(by コーチ)」
3.転機、そして結婚
コーチは、その話を聞いたことも影響してか、すこしずつ変化していきました。私があまりに下手だったので、プロへの道をすぐに諦めるだろうと思い敢えて厳しく当たっていたようです。
「俺が悪かった、ちゃんと向き合うよ」
コーチの優しい言葉に感激。そこから、マンツーマンで指導をしてくれるようになりました。フォームの研究、コーチの見本投球による指導など徹底的にやってもらいました。スコア70点、どん底のスタートから4年後の2011年(当時28歳)、ついに300点のパーフェクトゲームを達成することができました。
そして私とコーチは、師弟関係だけでなく、ひとりの男性、女性としての関係も進展していきました。私は初期の頃から早く上達してコーチに認めてもらいたい!という想いを持っていましたが、いつしかひとりの男性として、私を見て欲しいという想いも強くなっていきました。その想いが、やっと実り始めたのです・・・!!
「俺が大会で入賞するか、お前がプロになるか、どっちか早いタイミングで結婚しよう」
そして、次の大会でコーチは見事入賞!!大会後すぐにコーチから電話がかかってきました。
「入賞したよ!結婚するぞ」
コーチのライセンスナンバー1101にちなみ、11月1日に入籍。年の差10歳の私達は、師匠と弟子の関係、そして夫婦の関係、2つの関係がこの日からスタートしました。
私はそれからもプロを目指すため一層の練習に打ち込みました。2014年に受けた最初のプロテスト。残念ながら1次試験の4日目で脱落。メンタル、体力、また投球の実力面においても、甘さがありました。それからの1年は徹底した見直しの日々。夜から昼の仕事に切り替え、朝型生活へ。最低1日12ゲームを投球。この1年は文字通りコーチと2人3脚でフォームの改善にも日夜励みました。ある時、私がとても良いフォームで投げることができた時、コーチが言った一言。
「本当によくなったなあ・・・・(涙)」
なんと感動して泣いてくれました。私はこれまでにない手応えを感じました。ようやくコーチに認めてもらえたのです。
4.プロテストに合格!
2015年、2度目の挑戦で無事合格!
やった!!コーチも私も泣きながら抱き合いました。かつては何一つ長続きしなかった私・・・諦めずに、ここまできて良かった。24歳でスタートしてから、8年かけてようやくプロの座を射止めることができました。奇しくも夫の拓也プロも、24歳で始めて、32歳でプロテストに合格していたのです。こんなところでも縁があるのだなという気持ちになりました。
晴れて、北海道で唯一の夫婦プロボウラーとなることができました。普段は師弟関係、そして自宅では夫婦関係。2人ともボウリングが大好きなので、家でもボウリングの話ばかり。距離が近いために喧嘩になることもありますが、拓也プロも「自分の今のフォームどうだった?」と聞いてくれるなど、信頼関係を構築できて嬉しく思っています。
現在私は、ディノスボウル帯広店で勤務しながら練習に打ち込んでいます。今の目標は、シード権獲得することと入賞して、拓也プロに恩返しをしてもう一度泣かせること!
一番の大きな夢は、ミックスダブルストーナメントに夫婦で出場し、優勝することです!今はこのトーナメントは休止中ですが、復活したら必ず優勝したいと思っています。ボウリングは本当に奥が深いです。まだまだ、私のプロ人生は始まったばかり。北海道唯一の夫婦プロボウラーコンビとしても、ぜひご注目ください。ひとつのことを極める面白さは他のことに変えられません。ボウリングの奥深さ、楽しさを、少しでもみなさんに伝えることができればと思います。
(2015年9月 村上 好)
ここまでお読みいただきありがとうございました!
感動のインタビューが思い出されます。お話をうかがっていて涙が出そうに・・^^;
このみさん、これからも応援しています!
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10月は残席わずかとなってきました!
亜沙美
これまでにない超大作(4000文字超)となっております!百聞は一見にしかずということで、ぜひ最後までお読みいただけると嬉しいです!
村上好(むらかみ このみ)
■身長:163.5cm
■誕生日:3月8日
■血液型:O型
■出身地:北海道帯広市
■プロ入り:2015年(48期生 ライセンスNo.535)
■利き腕:左投げ
■アベレージ(2015年順位戦):205
<略歴>
OLをしていた24歳当時、会社のボウリング大会でスコア130を記録し女子の部で優勝。幼少期から運動音痴でスポーツは全くできなかったことから、「こんな自分でも人と競えるスポーツがあったんだ!」とボウリングの面白さに目覚める。
後に夫となるプロボウラー村上拓也の指導を受けることに。13ポンドのマイボールを真っ直ぐ投げられずスコア70の時期を経験。コーチに認めてもらいたい気持ちから「プロになりたい!」と発言。至って本気だったが、あまりに実力不足であるためにコーチを怒らせたことも1度ではなかった。その後本格的にプロを目指すため会社を退職。平坦な道のりではなかったものの、コーチの厳しい指導を受け2人3脚で練習に打ち込み、2015年2度目の挑戦で見事プロテスト合格。奇しくも、夫の村上拓也がプロ入りした時と同じ32歳でプロ入りを果たす。目標はシード権を獲得することと、夫婦でミックスダブルストーナメントに出場し、優勝すること。

村上好プロボウラーへの物語
1.「ボウリング」との出会い
~私でも人と競えるスポーツがあったんだ!~
2.最悪のスタート、そしてコーチの厳しい指導!
3.転機、そして結婚
4.プロテストに合格
1.「ボウリング」との出会い
~私でも人と競えるスポーツがあったんだ!~
何を隠そうスキップができない私。とにかく幼少期から運動音痴で、体育はてんでダメ。秀でたものがなかったのは運動面ばかりでなく、大人になっても特に打ち込めるものもなし。
普通に学校を卒業し、普通に就職。営業職として仕事は頑張っていたものの、なにか物足りない日々。趣味なし、普通のOL24歳。
そんな時、会社のボウリング大会でビギナーズラックを体験!スコア130で、女子の部で優勝してしまったのです。今までスポーツで上位になった経験はゼロ。
あまりの嬉しさにもっと上達したい気持ちが芽生え、そのままボウリング教室に申し込み完了。ここで後に夫となる村上プロと出逢うこととなりました。ボウリング教室は週1回平日の夜開催。働きながら通えることが嬉しくて始めたは良いものの、教室の生徒さんはシニアのアマチュアボウラーさんばかり!
私の余計な心配をよそに、生徒さんたちはスコア140~150を連発!す、すごい・・・。かたや私は、100前後をウロウロ・・・。色々な意味で私が場違いだったことは言うまでもありません。皆さんマイボール持参は当たり前で、フォームもとてもキレイ。とにかく刺激を受けました。
そう思った私は、すぐさまマイボールを購入。そこまでは良かったのですが、買うべき場所を完全にミス!プロボウラーはボールを売るのもお仕事のひとつ。プロボウラーのコーチに認められたい思いで急いで買いに行った先は、なんと別のボウリング場。前代未聞・・・。当然コーチからは冷ややかな目・・・。いざマイボールを投げたら、ボールが後ろに転がる始末。話になりません。13ポンドのボールが予想以上に重く、真っ直ぐ投げることすらできなかった私。村上好、早くも背水の陣です。
それからしばらく教室に通いますが、一向にスコアが70から伸びない時期を経験しました。コーチからは呆れられ、あまりのひどさにふざけて練習に参加していると思われていたと思います。
以前の私ならここで諦めていたかもしれない。学生時代から、推薦で進学、就職もすんなり近場で決定するなど、「それなりの人生」。「努力」や「苦労」で自分の腕を磨いた試しがない私。
きっとここで諦めたらなんとなく人生が終わってしまう!達成感を得たい!1度見つけたボウリングという道。本気で頑張らなくちゃ!もっと練習もこなしていかなければ・・・・。ついに私はコーチに言いました。
怖すぎるコーチ・・・。スコア100に満たないのに言ってしまった私も私だったかも知れませんが、どうしても逃げたくありませんでした。
2.最悪のスタート、そしてコーチの厳しい指導!
~100万回(肌感覚)のやめちまえ~(このみ調べ)~
その日、コーチから散々罵倒の言葉を浴びせられ、厳しい言葉に胸が痛みました。泣きながら帰宅すると、コーチから1通のメール。
そう思って携帯を開くと・・・
「やめちまえ」の一言。
・・・ガーン!! ((((;゚Д゚)))))))
その後、何度「やめちまえ」の言葉をかけられたか数え切れません。肌感覚ですが、本当に100万回くらい言われていたと思います。このままではいけない・・・きっとコーチは、中途半端な気持ちで私がプロになりたいと言っていると思ったに違いない・・・だからこうして厳しくされているはず。あとからそう思えるようになりましたが、当初、私は本気で落ち込みました。
ボウリングが好きでした。下手かも知れないけれど上手くなりたかった。私は練習に打ち込むため、ある決意をしました。次の練習でも、やはりコーチに散々バカにされる私。思い切って決意を伝えました。
「好きにしろ!(by コーチ)」
悔しくてたまりませんでした。全く上達せず、このままではプロどころか人並みにもなれない。まずは人並みになるために、会社を退職しました。名付けて「目指せ人並み退職」です。
その後は夜の仕事をこなしながら、平日昼間はコーチの厳しい指導を受けて練習&土日は大会参加と、ボウリング中心の生活を送りました。
3.転機、そして結婚
私は心を入れ替えて練習に励みました。けれど思うように伸びないスコア。徐々に周りから声が聞こえてきます。
「あの子・・・ずっと練習してるけど大丈夫なのかな?」
「全然上達してないけれど、コーチが悪いのでは?」
コーチは、その話を聞いたことも影響してか、すこしずつ変化していきました。私があまりに下手だったので、プロへの道をすぐに諦めるだろうと思い敢えて厳しく当たっていたようです。
コーチの優しい言葉に感激。そこから、マンツーマンで指導をしてくれるようになりました。フォームの研究、コーチの見本投球による指導など徹底的にやってもらいました。スコア70点、どん底のスタートから4年後の2011年(当時28歳)、ついに300点のパーフェクトゲームを達成することができました。
そして私とコーチは、師弟関係だけでなく、ひとりの男性、女性としての関係も進展していきました。私は初期の頃から早く上達してコーチに認めてもらいたい!という想いを持っていましたが、いつしかひとりの男性として、私を見て欲しいという想いも強くなっていきました。その想いが、やっと実り始めたのです・・・!!
「俺が大会で入賞するか、お前がプロになるか、どっちか早いタイミングで結婚しよう」
そして、次の大会でコーチは見事入賞!!大会後すぐにコーチから電話がかかってきました。
コーチのライセンスナンバー1101にちなみ、11月1日に入籍。年の差10歳の私達は、師匠と弟子の関係、そして夫婦の関係、2つの関係がこの日からスタートしました。
私はそれからもプロを目指すため一層の練習に打ち込みました。2014年に受けた最初のプロテスト。残念ながら1次試験の4日目で脱落。メンタル、体力、また投球の実力面においても、甘さがありました。それからの1年は徹底した見直しの日々。夜から昼の仕事に切り替え、朝型生活へ。最低1日12ゲームを投球。この1年は文字通りコーチと2人3脚でフォームの改善にも日夜励みました。ある時、私がとても良いフォームで投げることができた時、コーチが言った一言。
「本当によくなったなあ・・・・(涙)」
なんと感動して泣いてくれました。私はこれまでにない手応えを感じました。ようやくコーチに認めてもらえたのです。
2015年、2度目の挑戦で無事合格!
やった!!コーチも私も泣きながら抱き合いました。かつては何一つ長続きしなかった私・・・諦めずに、ここまできて良かった。24歳でスタートしてから、8年かけてようやくプロの座を射止めることができました。奇しくも夫の拓也プロも、24歳で始めて、32歳でプロテストに合格していたのです。こんなところでも縁があるのだなという気持ちになりました。
晴れて、北海道で唯一の夫婦プロボウラーとなることができました。普段は師弟関係、そして自宅では夫婦関係。2人ともボウリングが大好きなので、家でもボウリングの話ばかり。距離が近いために喧嘩になることもありますが、拓也プロも「自分の今のフォームどうだった?」と聞いてくれるなど、信頼関係を構築できて嬉しく思っています。
現在私は、ディノスボウル帯広店で勤務しながら練習に打ち込んでいます。今の目標は、シード権獲得することと入賞して、拓也プロに恩返しをしてもう一度泣かせること!
一番の大きな夢は、ミックスダブルストーナメントに夫婦で出場し、優勝することです!今はこのトーナメントは休止中ですが、復活したら必ず優勝したいと思っています。ボウリングは本当に奥が深いです。まだまだ、私のプロ人生は始まったばかり。北海道唯一の夫婦プロボウラーコンビとしても、ぜひご注目ください。ひとつのことを極める面白さは他のことに変えられません。ボウリングの奥深さ、楽しさを、少しでもみなさんに伝えることができればと思います。
(2015年9月 村上 好)
ここまでお読みいただきありがとうございました!
感動のインタビューが思い出されます。お話をうかがっていて涙が出そうに・・^^;
このみさん、これからも応援しています!
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亜沙美
