(長文となってしまいました、、、
要注意!(笑))
前回ブログに書いたセッションには続きがありまして。
私の世界観(努力や社会貢献をしていない人はのうのうと生きていてはいけない)が作られた『起因』についても、セッションした。
私の世界観が作られた起因は、①家庭環境のたいへんさ(経済的、日本社会での身分の不安定)を乗り越えなければいけなかったこと、
②社会的に出来るだけ高い地位を築きたいと言う実家両親の強い願い&ハードワークにより、両親はいつも心身共に余裕ないため、家庭環境は安心・やすらぎ・理解の場でなかったこと、
③両親は子供の想いについてあまり興味を示さなかったが、『世の中は厳しいからそんな甘い考えでは駄目だ』『騙されるな』『しっかりしなさい』のような厳しい内容の声掛けだけはしょっちゅうだったこと、
、、、かな。
ある意味フツーでない、ハードワークな両親の『社会的に出来るだけ高い地位を目指さなければいけない』と言う価値観は
私には強烈だった。そうじゃないと駄目なんだ、、、価値がないんだ、、、ぐらいに響いた。世の中こわい、優秀じゃないと駄目なんだな、、、と思った。
三歳上の姉は私ほどに世の中にこわさを持ってないので、多分私は性格的に響きやすかったんだと思う。
↑↑感受性が強いってやつ?(笑)
で、ですね。そんな家庭環境により私の世界観が作られ、
でも過去のたいへんさを乗り越え、いま私としては満足できる状況で毎日過ごしてるのですが、
『その途中ではなにを感じていましたか?』とのセッションの質問がありまして。
私の答え↓↓
『苦しかった。特に10代。
京都から横浜に父の起業のため家族で移住し、私は東京の高校に通ってた16歳の時、新しい環境に慣れず、相談する人もいず(家族はそれぞれもっと多忙に)、
これから自分がどうして行ったらいいのかわからず、でもそういう悩みは母や姉にも言わず・言えず、
どんどん内向して行った。
そして、そんな自分は駄目だなあ、、、と思ってた。
東京の高校のイケてる(笑)同級生たちと比べて自分は駄目だなあ、、、と思う毎日だった。
↑↑閉塞感&劣等感の時期。
いま思うと、自分で自分に駄目出しをいっぱいして、自分を消耗させていたからだと思うのだけど、
その頃の私は何に対しても意欲が湧いて来ず、
学校の課外活動もせず帰宅し、勉強もせず、遊びにも行かず(この私が!(笑)散歩にも出なかった!)、家事の手伝いだけはする(←家族としての責任感強し)けれど、あとは
自分の部屋で廃人みたいにぼおー……っとしてることが多かった。』
それを受けて、セッションの質問↓↓
『自分にたくさんの駄目出しをして自分を消耗させていた16歳の貴女は、何を得ていたのだと思いますか?』
私の答え↓↓
『無気力で、新しい努力をしない駄目な自分を仕方ないと思うための原因づくり?』
セッションの時不確かなまま(自分で勝手なストーリーを作るみたいに)答えたし、今考えても明確にならないのだが。
それからずっとツラツラ考えても
あの頃劣等感を自虐チックに(笑)募らせて、自分を無気力にさせていた?『目的』は
やっぱりわからない。
↑↑自我の目覚めの時期だった?(笑)
うん、でももしかしたら下記は関連があるのかも↓↓
私は中学卒業まで同学年に対して競争意識と言うものをほとんど感じないで来てまして。
あの子に勝ちたい!みたいな気持ちは多分全く無かった、、、。学力、体力(私は中学時代陸上部にいた)、美的センスのようなもの、友達関係、
私より優れてる人はたくさんいたけど、
自分は自分で、自分の出来るだけMAXを追求して、満足で。
競争心はなかったな。
東京の高校に入ってもその自分の意識はかわらなかったのだが、、、。
あ、あ、(´・c_・`)
わかった!
多分、、、。
私は高校のイケてる同級生たちの『社会的地位の高いバックグラウンド(家庭環境)』に
ヤラレていたのかも、、、。
当たり前に『社会的地位の高い、良い家庭環境』で育ってきた同級生たちの割合が多かったな。ま、当たり前と言うわけじゃないけどね(笑)
実家両親の渇望してたそういうモノ。私もしっかり感化されて、高い価値を置いてたモノ。
それは
私がイケてる同級生たちに勝ちたい!と思っても、
彼等に既に与えられてる恵みで、
最初から私が負けているモノ。
あ、負けている、と言うわけじゃないね(笑)
私の持っていなかったモノ、ですね。
中学時代までもそういう家庭環境のお友達は何人かいたけど、年齢的にそんなことには無頓着だったな。
で、高校入学でそれに過剰反応してしまったのは、年齢的成長(社会理解)、そういうお友達の割合の多さはあったんだろうけど、
やはり京都の田舎者が東京に出てきた『気負い』か(笑)
カルチャーショック。
↑↑大袈裟(笑)
あの頃、私の家庭環境がフツーで、家族に学校のお友達の家庭環境でびっくりしたことやスゴいなあと思ったことをフツーにおしゃべり出来てたら、
あんな風に殻に閉じ籠るように内向して、自分に駄目出しばかりして、無気力にさせるような過ごし方はしなかったかな?
いま、私たち家族はより高い社会的地位を目指してそれぞれが頑張ってる途中だけど、頑張って努力して、
同級生たちの恵みに負けないくらいの状況にするわよ!
なーんて競争心も生まれたかな?(笑)
ま、わかりませんが。
いまの私が16歳の私に言えるのは、
①テイク イット イージー(気持ちを楽に持ってね。大丈夫だよ◎)
②恵みがあっても無くても、将来の幸せ感には関係ないよ。自分と家族を大切に、素直に行動すればいいんだよ◎
です(笑)
本当に長文でしたよね!最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました(^o^)/
要注意!(笑))
前回ブログに書いたセッションには続きがありまして。
私の世界観(努力や社会貢献をしていない人はのうのうと生きていてはいけない)が作られた『起因』についても、セッションした。
私の世界観が作られた起因は、①家庭環境のたいへんさ(経済的、日本社会での身分の不安定)を乗り越えなければいけなかったこと、
②社会的に出来るだけ高い地位を築きたいと言う実家両親の強い願い&ハードワークにより、両親はいつも心身共に余裕ないため、家庭環境は安心・やすらぎ・理解の場でなかったこと、
③両親は子供の想いについてあまり興味を示さなかったが、『世の中は厳しいからそんな甘い考えでは駄目だ』『騙されるな』『しっかりしなさい』のような厳しい内容の声掛けだけはしょっちゅうだったこと、
、、、かな。
ある意味フツーでない、ハードワークな両親の『社会的に出来るだけ高い地位を目指さなければいけない』と言う価値観は
私には強烈だった。そうじゃないと駄目なんだ、、、価値がないんだ、、、ぐらいに響いた。世の中こわい、優秀じゃないと駄目なんだな、、、と思った。
三歳上の姉は私ほどに世の中にこわさを持ってないので、多分私は性格的に響きやすかったんだと思う。
↑↑感受性が強いってやつ?(笑)
で、ですね。そんな家庭環境により私の世界観が作られ、
でも過去のたいへんさを乗り越え、いま私としては満足できる状況で毎日過ごしてるのですが、
『その途中ではなにを感じていましたか?』とのセッションの質問がありまして。
私の答え↓↓
『苦しかった。特に10代。
京都から横浜に父の起業のため家族で移住し、私は東京の高校に通ってた16歳の時、新しい環境に慣れず、相談する人もいず(家族はそれぞれもっと多忙に)、
これから自分がどうして行ったらいいのかわからず、でもそういう悩みは母や姉にも言わず・言えず、
どんどん内向して行った。
そして、そんな自分は駄目だなあ、、、と思ってた。
東京の高校のイケてる(笑)同級生たちと比べて自分は駄目だなあ、、、と思う毎日だった。
↑↑閉塞感&劣等感の時期。
いま思うと、自分で自分に駄目出しをいっぱいして、自分を消耗させていたからだと思うのだけど、
その頃の私は何に対しても意欲が湧いて来ず、
学校の課外活動もせず帰宅し、勉強もせず、遊びにも行かず(この私が!(笑)散歩にも出なかった!)、家事の手伝いだけはする(←家族としての責任感強し)けれど、あとは
自分の部屋で廃人みたいにぼおー……っとしてることが多かった。』
それを受けて、セッションの質問↓↓
『自分にたくさんの駄目出しをして自分を消耗させていた16歳の貴女は、何を得ていたのだと思いますか?』
私の答え↓↓
『無気力で、新しい努力をしない駄目な自分を仕方ないと思うための原因づくり?』
セッションの時不確かなまま(自分で勝手なストーリーを作るみたいに)答えたし、今考えても明確にならないのだが。
それからずっとツラツラ考えても
あの頃劣等感を自虐チックに(笑)募らせて、自分を無気力にさせていた?『目的』は
やっぱりわからない。
↑↑自我の目覚めの時期だった?(笑)
うん、でももしかしたら下記は関連があるのかも↓↓
私は中学卒業まで同学年に対して競争意識と言うものをほとんど感じないで来てまして。
あの子に勝ちたい!みたいな気持ちは多分全く無かった、、、。学力、体力(私は中学時代陸上部にいた)、美的センスのようなもの、友達関係、
私より優れてる人はたくさんいたけど、
自分は自分で、自分の出来るだけMAXを追求して、満足で。
競争心はなかったな。
東京の高校に入ってもその自分の意識はかわらなかったのだが、、、。
あ、あ、(´・c_・`)
わかった!
多分、、、。
私は高校のイケてる同級生たちの『社会的地位の高いバックグラウンド(家庭環境)』に
ヤラレていたのかも、、、。
当たり前に『社会的地位の高い、良い家庭環境』で育ってきた同級生たちの割合が多かったな。ま、当たり前と言うわけじゃないけどね(笑)
実家両親の渇望してたそういうモノ。私もしっかり感化されて、高い価値を置いてたモノ。
それは
私がイケてる同級生たちに勝ちたい!と思っても、
彼等に既に与えられてる恵みで、
最初から私が負けているモノ。
あ、負けている、と言うわけじゃないね(笑)
私の持っていなかったモノ、ですね。
中学時代までもそういう家庭環境のお友達は何人かいたけど、年齢的にそんなことには無頓着だったな。
で、高校入学でそれに過剰反応してしまったのは、年齢的成長(社会理解)、そういうお友達の割合の多さはあったんだろうけど、
やはり京都の田舎者が東京に出てきた『気負い』か(笑)
カルチャーショック。
↑↑大袈裟(笑)
あの頃、私の家庭環境がフツーで、家族に学校のお友達の家庭環境でびっくりしたことやスゴいなあと思ったことをフツーにおしゃべり出来てたら、
あんな風に殻に閉じ籠るように内向して、自分に駄目出しばかりして、無気力にさせるような過ごし方はしなかったかな?
いま、私たち家族はより高い社会的地位を目指してそれぞれが頑張ってる途中だけど、頑張って努力して、
同級生たちの恵みに負けないくらいの状況にするわよ!
なーんて競争心も生まれたかな?(笑)
ま、わかりませんが。
いまの私が16歳の私に言えるのは、
①テイク イット イージー(気持ちを楽に持ってね。大丈夫だよ◎)
②恵みがあっても無くても、将来の幸せ感には関係ないよ。自分と家族を大切に、素直に行動すればいいんだよ◎
です(笑)
本当に長文でしたよね!最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました(^o^)/