毎年のお盆とお正月の里帰り


夫の実家では、旅行やおいしいものを食べに遠くへ連れて行ってくださいます

 

 

 

今年はカキ小屋へ






待ち時間にふと考えていました・・・

 

 

 

 

 

 

一年があっという間に思えるようになったのはいつ頃からだったかな?

 

 

 

私はそれはそれはのんきでマイペースな子供時代を過ごしておりましたゆえ

 

 

一年があっという間

 

 

なんて、

 

 

そんな意識は一ミリもありませんでした(笑)

 

 

 

1日が始まって、

学校行って、

帰宅したらおばあちゃんの部屋でゴロゴロして、

夕飯たべて、

お風呂入って、

お布団で寝る爆笑

 

 

お正月にはお節が並び、父と祖母は着物を着て、新年の挨拶をし、土地の神様にお参りして

 

 

節分には(恵方巻なんてしなかった)豆を撒き、

 

 

ひな祭りにはぼんぼりに灯りがともり、一段しかなかったけど上品なお顔の人形が並び(お内裏さまの刀を用もなく抜き差ししてたなwww )

 

 

お花見(工場のおじちゃん達の飲み会だな)して

 

 

子供の日にはおでかけやプレゼントはないけど、ちまき食べて、柱に傷つけて、菖蒲湯に入って

 

 

七夕には、私が折り紙で飾りを作って、父が大きな笹をもらってきて玄関に飾り、星を見て(なぜか曇りが多く織姫と彦星は毎年会えて無さそうだった)

 

 

夏は年に一度の旅行。毎年決まった天草の民宿に泊まり、泳いで、花火して、トランプして、花札して、将棋して、ダイヤモンドゲーム

 

畳の上のバスタオル、お昼寝、行き帰りの車ではちくわ食べて爆睡。

 

 

秋は毎年私の誕生日。

ねだらなくても、普段いかないおもちゃ屋さんで、おもちゃを買ってもらって(ほんとに欲しいのは高くて選びきれなかったけど)ケーキでお祝いしてくれた

 

 

ハロウィンなんかないけど、この時期は忙しくてお菓子作りなんかしない母が大学芋を作ってくれてた

 

 

クリスマスは母の誕生日に冬至にクリスマス、それぞれ

ちゃんと一日違いでやって

 

 

大掃除して、障子も張り替えて、鏡餅にしめ縄に門松を飾って

 

 

年越しじゃなく、晩御飯が具だくさんのお蕎麦をたべて   

 

 

ゆく年くる年除夜の鐘聞いてから寝る

 

 

 

 

私は、父と母の習慣を当然のように思っていて、自分がどれほどのんびりと、身の回りを整えてもらい、自分の意思を尊重されていたかを知りませんでした

 

 

それを感じ始めたのは中学生の頃から

 

 

「勉強しろって言われないなんていいなあ」

 

「親なんかだいっ嫌い‼あんたんちはいいよね~」

 

とかとかとか

 

 

私の親はどうもいいらしい。

私はどうもずるいらしい。

私はどうもラッキーらしい。

 

 

 

そんな風に私の周りには自分がどれほど温室育ちで、無能で、無知で、打たれ弱いのかを教えてくれる人ばかりで

 

 

私は

 

 

私はたまたまラッキーでここに生まれて、本当は別の誰かがここに生まれていた方がこの両親には相応しかったんじゃないかと感じていました

 

 

 

自分に足りないものばかり数えて

 

 

ラッキーで他者に満たしてもらっていた自分を恥じ、

 

 

罪悪感を感じるばかり・・・

 

 

 

辛い思いをしてきた人に憧れ、

 

感情的な人に憧れ、

 

その実力や才能を羨み

自分が正しいとはっきり言える人が正しいと思い

 

苦労する人、それを乗り越えた人に価値があると思い

 

辛い目に合わなきゃいけない気がして

 

今までのんびりしていた自分を蔑み
 

 

 

自分を認めてくれない人

 

自分を傷つける人こそ

 

自分を高めてくれる人のように感じて

そんな人に必要とされることに執着し

 

 

自分を大事にしてくれる人、

 

優しくしてくれる人といると

自分がダメになる気がして距離を置いた

 

 

 

 

「自分は不幸だ」と口にする人に能力や才能があり、

その人たちこそ幸せになる権利があって

 

苦労知らずでのうのうと生きてきた私は

今度はそんな今まで苦労して来た人たちが幸せになる番で、

「今度は私が不幸を引き受ける番なんだ」と覚悟をしていた

 


 

人に認められることで

 

必要とされることで

 

一目置かれることで

 

 

「価値のない自分」をつくろって、なんとか保ってきた

 

 

 

 

 

UMI で、環境や出来事は生まれてくる前に選んできたと聞いても、最後までどうしても納得出来なかったのは

 

 

目の前で苦しむ人を見て、

 

ニュースをみて、

 

本を読んで、

 

私はたまたま平和な日本の穏やかな家庭に生まれ、何不自由なくいられているだけ

 

もしも、食べるものもなく、暴力と貧困の中で憎しみを植え付けられ、銃をもち、賢くなければ生きていけない所に生まれていたら?

 

 

私は今の私ではなかった

 

 

 

そんな恵まれた私が、目の前で苦しむ人に対して、

 

 

「それは自分で選んできたんだよ」なんて。

 

 

そんなわけがない

苦しむ人を見てそんな風に思えるわけない!

そんな思いでした


 

 

 

 

 

 

 

でも、

 

やっとやっと

 

 

温室育ちで、無知で、無能で、苦労知らず

 

を

 

ご先祖様のご加護を

 

祖父母のいたわりを

 

両親の愛を

 

姉妹の気遣いを

 

 

 

罪悪感なく

 

ただ、ただ、ありがたく受け入れ、

 

そのなかで育まれた私の魂を輝かせることが

 

 

誰かを喜ばせることになるなら

 

 

それこそが、私の命の正しい使い方だと

 

思えるようになりました

 

 

 


そして、この事を理解するために、

 

私にとって、罪悪感は、必要な感情で、

 

その苦しみがあったから

人のために頑張れたんだと気づきました

 

 

 

この地球に肉体を持ち、頭で考えたり心で感じる部分と、

 

魂が選択し、成長したいと願うことは

 

 

まったく違うのだということを

 

 

 

UMI を

 

エネルギーの法則を

 

本当にやっと

 

 

 

理解し始めた気がします

 

 

 

一年後、私は何を考え、何を経験し、魂はどんな風に成長しているのか?

 

 

 

 

静かに

 

穏やかに

 

ワクワクしている自分がいます

 

 

ブログも

 

誰かのための前に

自分の

 

魂が望む言葉を探して

 

 

綴っていこうと思います


そして、そこにピンときた方と

特別なご縁を繋いでいく・・・



そんな思いでいます




本年度

おニューな私もどうぞよろしくお願いします

 






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