人間には便利な機能がついている。

 

興味のあることだけ目や耳に入ってくるという機能。

 

 

息子に今日の宿題やお片付けの話をこれでもかと大声でしても完全にシカトされる時、「今度なんかおもちゃ買うとしたらなんがいいかなあ」とつぶやいてみると・・・マッハで返事が返ってくる。

 

 

私もそう。妊婦になった途端道行く人が妊婦だらけかというぐらい妊婦さんに目が行く。

 

 

小さい子供を連れて歩いてると、いろんな人が話しかけてくれるけれど、きっかけナンバーワンは「何か月?うちの孫もこの間生まれて、今○ヶ月でねぇ…」

 

お孫さんくらいの年ごろの子供が目に入るんだろうなあ。

 

自分サイド、自分の興味サイドからものを見る、意識するという便利機能。

 

 

そうじゃなきゃすべての現象を受け入れてたら心も体ももたない。

 

 

そんな便利機能が先日も・・・

 

 

数年前に買ったヨガのアーサナ(ポーズ)本。プラクティスのための本なので、ちょこちょこ挿まれる偉人の言葉とかは読んでも印象に残ってなかった。

 

先日あるページにくぎ付け。

 

 

「誰からも文句をつけられないほど熟達するまで待っていたら、何一つ成し遂げることなどできはしないでしょう」

 

 

 

カーディナル・ニューマン(イギリス出身のキリスト教聖職者)

 

 

 

ドキッとして勇気づけられる言葉。

 

 

心の深ーい所にすっと入ってきた。

 

ヨガのクラスをするまでにずっとずっと迷っていたこと。

 

 

この程度でクラスなんてしていいわけない。

 

もっと素晴らしいヨギ(ヨガを続けている人)がたくさんいるのに・・・

その迷いを消すために人一倍練習をしようと思いながら仕事や家事、子供の雑事に追われて焦るばかり。

 

そんな心でヨガをしても深まるはずもないのに。

 

 

焦った心でする一時間のヨガより、ふと今ならできるかもと、心と体が望んだ時に行う1ポーズの方がずっとずっと貴重で大切だということ。

 

 

世の中、私より素晴らしいヨガの指導者ばかり。

 

けれどもヨガにはゴールがない。全てのヨギが終わりのない道を高み?というより深み?を目指して歩き続けている。ヨガに限らずかな。

一生その道をゆくために、すべてのヨギがお互いに高めあいながら歩んでいる。

先を行く人が教え、さらにその人がほんの少しあとを行く人に教え・・・

 

そうやってつながり、長い道のりを歩んできたヨガの歴史に私も入っているんだということ。

 

わたしという人間をきっかけにヨガの魅力を知る人が一人でもいたら、その後その人が別の道でヨガを極めたとしても、十分に意味があることなんだと・・

 

ヨガの意味。

 

結ぶということの大切さを忘れずに真摯にヨガと向き合っていれば、きっと間違いはないと今素直に思える。

 

その本の言葉がダイレクトに心に入ってくるような状態になれてよかったなぁと。

 

最近自分をすっかり見失っていたからこそ感じることができる。

 

hana's yogaが、今、何かに傷ついたり迷ったりしている人にとって、大切なこと、本当の自分自身を思い出すきっかけになりますように・・・

 

そのお手伝いができますように…

 

ダイエットや健康維持、きっかけは何でもいいけれど、

 

クラスを通してそれだけではないヨガの魅力を少しでも伝えられますように・・・

 

ナマステ