こんばんは


もう、小学校3年生も後期に入りました。
なかなか一筋縄ではいかないなあって日々です。
でも、まぁ、完璧に全部出来るようにならない事は悪ではないだろう、という感じです。
色々、肩の力が自分自身抜けてきた気がしてます。
あれもこれも、全部そつなくこなせるように、と思っても、出来る子もいれば、苦手がどうしても越えるのに時間が必要な子も居て、それは当たり前だから。
その幅が、ちょい苦手、よりももっと苦手ってレベルな部分があるのが凸凹っ子なのかなと思います。
最近読んだブログで、
不登校児の気持ちで、
行きたいのに行けない。
学校でも勉強でも、友達関係でも全く問題ないのに、行けない子がいるというのを読んだんです。
本人は、行きたいと言う。
けれど、行けない。
親は、行きたいと言う気持ちがあるのに、行けなくて苦しいと思っている。
でも、本当は本人の気持ちの根底に、
行きたくない、と言う気持ちが隠れている事もある。
学校には
行くべき
行くのが普通
行くのが当たり前
そういう考えが、行きたいと言う言葉になって表に出ているだけで、
本当は行きたくない、だから行けない、けれど、行きたくないとは言えない。
でも、行きたいと言う言葉が、行きたくないと言う本心を出すことはいけないと思っている自分を守っている。
本当は行きたくない、と言う気持ちを、自分で気づいて向き合わないと行けない。
これも見て思ったこと。
以前、れんも幼稚園のときとか、
やりたいと言うけどやれなかったことがあった。
やりたい気持ちはあるんだけど、出来なくて苦しいだろうなって思ってた。
でも、もしかしたら、やりたくなかったのかも。
やりたくないからやらなかったのか。
やりたくないことをやらないで過ごす事は出来ないから、って親や先生の価値観を押し付けて、やらせていたのかな。
気持ちは本当に難しくって。
自分だって気持ちのコントロールが完璧に出来る訳じゃない。
凸凹っ子は、もっと大変なんだろうな。
気持ちだけで立て直せないものがあるんだろうな、というのは育てていて分かるもんなぁ。
教科も増えてるし、全部教えれる訳じゃないし。
本当に今年は色々イレギュラー多すぎる。
コロナもそうだけれど、学校事態でもちょっとした事件が起きたり、最近は担任の先生も身内で色々あったりだったり、落ち着かない。
私もどこに焦点を持って教えていいのか難しいし。
なんか、迷走してる気がする。
あれ?肩の力抜けてなかった?
笑