ジャージコバ認定恋愛パートナーシップカウンセラーで認定語学講師、心のオアシス憩いの居場所を作ってますココ明日香です。



5年間、毎日5回はすくなくとも電話があった。無料にしていた。


これがわたしのコンプレックスだ。


有料にしたい、無料ならやめたい、といえなかった。



隠れたいぐらい、お恥ずかしいことだ。

いやと言えなかった。


そこで、


この

2日間にかけて何回も電話があって、5年も話してるので、いろんなことをおもいあぐね、


わたし、なんかあったのか心配になり

返電しました。やれやれ、


また返電した。




昨日、体を洗って、ドライヤーをしてあげて、くしでといてあげた。



その日は、『未来を自分で創造するエネルギー爆上がりちぎり絵講座』をリアル会場で、3部に分けてしていました。


それで、帰宅後に返電したら。

疲れていて、1日10回も電話されると困る!!とはおもったのです。


でも、ふと、

これは返電しないと!とおもった。



明日は父の命日だからか、

なんか関係あるかもしれないし、

そうなんでもやってみるといいかも、とおもった。


カウンセリングは楽しい。



そのときに、5年間毎日何件も無料でというのは、金額のことも、悩みについても、どんなことなのかも、きいて、


有料にする話をしたいといった。

なあなあに女子のなぐさめかいにしたくないなあ、とおもう。ただ、無料で本気出すと、時間上、わたし、ほかのことができなくなる。


なぐさめたからといって、そのときはよくても、そのあとまたでんわが、かかって、そのひとがほんとに、しあわせになるとはかぎらない。


お客様は、お友達を失ったと思われたそうでしたが、


お友達カテゴリーと

お悩み相談、カウンセリングカテゴリーは別なんだという話をした。



寂しさというのは、

家族もいないも同然というのはね、

それはね、


寂しさをしってるからだよ。


寂しさを知らないで生きてきた人もいるんだよ。

おじいさんになっても、おばあさんになっても、その、ご両親に依存していたり、そのご兄弟家族のいいなりになっていたりさたら、


寂しいでなくて、だれかの期待する人生をいきていくことになるんだよ。

誰も。期待してないのに。、そして、その不満を、だれかをターゲットにして鬱憤を怒鳴り散らしてみたり、相手の体がボロボロになるまで、そのひとの欲求をとおしてみたり、一番大切な人の命までうばいかねるようなことになる。


そんなひともいるの。だから、


寂しいをかんじる、ってわるいことでないんだよ。さびしいをかんじるということは、あたたかさや安心もかんじたということだから。



・一日、いや15分でいいから1人で寂しさや悲しみをかんじきってみる時間をつくってみよう


といったんです。


そしたら、もうしたのだけど、

今度から有料にするの?

有料でないとダメなの?

というふうに、きかれたので、


有料と無料で、はなすことが全く違うし、境界線をはっきり作ってるからという話をしました。




私その日は、いろんなことがヘトヘトで、

ねむらないとご飯食べる時間もなくて、


無料で何年間もして、7年前からすでにお金を払って起業とカウンセリングの学べるスクールにいき、さらに恋愛パートナーシップスクールで恋愛パートナーシップカウンセラーとしても卒業して、活動している。


わたしは、それを、無料で5年間かけて、毎回毎回付き合っていたけれど、

有料でしたいんだ、と伝えた。





そしたら、ごめんなさいね、といって、電話を切ったのはそのかたで。


で、考えた。5?年も無料で一日5から10回もお悩みやお話を聞いていて、生死の安否まで見に行ったことがある。なのに、その方は、ただ

何度も何度も電話してくる。


それで、わたしは、これでは、わたしになにかが、ザワザワする。




一方で、その人から電話がかかると、

たいてい、わたし他のことで

もうすでに

疲れてるのよね。


で、イラッともする。私が一生懸命してることが、ストップになるから。そして、日々の日常にじかんがまた足りなくて、夜遅くまで仕事をしている。でもそのしごとは、無料になっている。


がんばりすぎてますよ、の

メッセージなのか、


その人の電話で自分の止まらない熱中してしまうところや、三年で10年分

やっちゃうところを、


その方がとめてくれる、ゆるめてくれる。

のか。



で、ふと、今日病院行ってみたら、たまたまかもしれないが、

体が弱っていて、炎症をおこしていて、免疫系の病気になってた。


一週間ぐらいで治るらしいけど、栄養、食事、睡眠、ストレスのない生活がとても大事だとつくづく思った。そして、明日が父の命日なのに、これでは、生まれ故郷の父のお墓参りにも行けない。ショボーン


そういうわたしがいま電話をかけなおして、無料でお悩みにこたえているんだ。と伝えた。私の気持ち、をつたえた。

突然がんで

亡くなった父の命日があすなのだけど、それもなんにもしていない。家族の協力もらかいもない。どれだけわたしかなしんでるかわかる?それでも、無料ではなしをきいてるんだよ!、どんだけの、あなたへの、愛情ね、と、いった。


体が弱くて、消耗してるの、それでもこれをやるときめたら、やってるの。たとえだれになんと非難されようが、なんとひどいことをいわれようが、どんなにしろいめでみられようが、自分が、世界一自分の味方だとおもってやってるの!


それで、、そのかたのかなしいから、無料で悲しみをなぐさめてください、というのは、


かなしいわたしだから、なにしてもいいよね、っていうのと、かなしいわたしのことなぐさめてよ、というのと、そういうのってそういうのって、無料の場合、私も私の事情があるのよ。有料だと、あなたのおはなしを時間を設けて、自分の習得したカウンセリングとこれまでの経験とで、するけれど、

無料ではちがうよ。


どっちが、悲しいとおもう?と、

わたしは、故郷にかえるお金も健康も、そして家族の理解も必要なの。でも、


わたしがひとりでかえって。ひとりで親の介護して、亡くなった父のお墓の掃除して、ホテルにとまって、すごくたいへんなの、。


それ、たすけてくれるの?って。


それいちばんたすけてほしいの。

それが、できなくなるぐらい、無料で毎日何回も電話されると、ほとんど一日中つかいはたして、負担なのよ、といった。



今日、昨日の夜電話かかってきた方に電話をして、じつは、今日内科と婦人科の病院へ、わたしがいったはなし、そして、それでも相談にこたえようとしているから、今後は有料にしてほしいこと。


そして、

有料無料の話が大切なのではなくて、


寂しさや悲しみについて、

お応えしたよ。


私の話でよければ、ですが、

私は小さい頃からヤングケアラーで、両親の精神的な介護をしてました。ときには、父のことがバレないように、代わりにタバコをかいにいったり、父が吐いたり、横になって動けなくなったのを介抱したり。テーブルひっくり返し、お皿を全部だめにするような荒っぽい父の癇癪やノイローゼに、母と土下座をして、なんとか生き抜いてきたところがある。母は不安から一時精神的に追い詰められて、

とても魅力的で美しい母だったのに、絵をやめ、仕事も、誰よりもできたのに、

父からの理解がなく、

私たち三人姉妹は、家に入るのがとてもいやで、いつも駐車場に小さなブランケットをかけて、すごしていた。いまだったら、どこか遠くに子供の時からいき、親から別れていたかもしれないけれど、当時はそんなことが、できるとも、おもわなかった。


母は、父の怒鳴り散らしや癇癪から、不安定になり、父が突然死してから、母は早い時期から、脳梗塞になり、とても早い時期からここ数年で認知症になりかけている。いやなっている。


わたしは、10代で挫折して、すでに家を離れて、ひとりで上京。京都では、カナダのバンクーバーの大学に留学。あたまが英語脳になってもどる。京都のお家から学校に行かれているかたに、そして、一度は広島新聞社ではたらいたものの、大学院にいきたくて、社会人入試などないじだいに、試験勉強をして、横浜にある大学院に行っている。すべて、自分で働いたおかねで、。お金持ちの同級生たちに

垢抜けないとわらわれることもあったけれど、衣服や食べ物、すむところをわらわれても、周りのIT系の人たちとちがったのはだ大学院のときにフランスのグランゼコールに留学したこと。

フランスに留学することが、その大学院に行く理由だったのかとおもうほど、いまでは、よかった経験をしたとおもってる。

でも、日本の大学での極貧生活は、故郷から上京していて、けっこうわらわれたし、いじめにもあった。それでも、学校の先生だけは、いちどもわたしを馬鹿にしなかった。きみは、本番に強いな、と、フランス留学がきまったとき、いわれた。就職氷河期の、フランスいくなんて、馬鹿のすること、自殺行為だと言われた当時だった。


横浜ではがっこうがちかいところにするのに

バスがとまるたびに、アパートがゆれるようなところに住み、そして、横浜の同級生にどこらへんにすんでるの?ときかれたときに、ぼろアパートの前のキラキラのマンションの方を指差して、ここだから、サヨナラ、といって、かえっていったこともある。


それでも、IT系の記事をかいたり、省庁とプロジェクトを進行させたりしながら、海外に発表にいき、


そのすきまで、

両親の住む広島と上京先を行ったり来たりしながら介護をしてきた。


だから、仕事で外資系IT企業で働いているとき、東京のお家から通っている人に、服装や車を持ってないこと、ブランド物でないこと、賃貸が家賃補助ギリギリの小さな賃貸で、とにもかくにも、わらわれたことがある。


生まれ故郷から上京すると、

こんなふうなハンデがあり、さらに、

仕事がはじめからプロジェクトリーダーをすることになった。当時はまさかのことで、

とにかく、お休みをとることはむつかしく、お休みもとれず、2年間は眠らずに働いていた。


母がまだ歩ける時、有給休暇を取って休日に両親に会おうとしたら、当時は、両親と会うために


休日をとるなんて許せないことで、


働き蜂が過労死してもおかしくないぐらい、何個もプロジェクトを一度にした。、


一年間でひとの3倍の成果を出すのが当たり前の世界で、新規事業を世界展開して

世界を動かす。そんなしごと。とても、重圧もある。毎回毎回何兆円ものお金をうごかすほど、営業、交渉、研究、開発、世界でビジネス展開することになる。これをリーダーとしてする。寝袋とかもって、カップヌードルたばながらする。


そして、やっとのすきまに、地元に帰り、両親に会う。どんどん痩せ細っていく癌の父。母の病気。それをみながら、わたしは、わたしは、

あのとき

『時間を銀行に貯金したかった』ぐらい。

結納も、イタリア行きも、国際発表も、なにもかも、重なって、

わたしは、突然終了がきた。




両親との交流は、震災時に突然おきた。

すべてのものがたおれて、からだにかぶさったときに、ちちがつくって、母が蛍光塗料で星をつけてくれた鉛筆たてがひかった。


真っ暗ななか、だあれもいなくて、助けて、おかあさん、お父さん、と泣いて、そして、ぼうっと光る蛍光塗料のついた星の王子さまのシールが、

地元に帰ろうとおもった。

ミズノの

浮かぶ水着を着て、

新幹線で津波がきても、たとえ新幹線がまっぷたつになっても、

海で浮かんで泳いでも故郷に帰ろうとした。もうこれをのがすと、わたしは両親ふたりともと過ごす日々がない。もうない。


この直感はあたった。

埼玉に住んで、あるコミュニティにいると、家があって、両親がいて、もしくは、姉妹がいて、つまりは埼玉でながくおられるかたが多い。そしたら、疎外感がハンパない。広島のオーブンマインドは、同調して話をしていくしか、そして、少しでも海外のはなしをすると

ただのえらっそうなはなしにしかならない。


このことは、とても心が傷ついた。

『みんな、あなたのこと、嫌ってるよ』といわれたとき、


『わたしは、人に嫌われようが、好かれるためにここにきているわけではありません。たとえどんな人間関係であろうが、変化は、そこにいなければないと思うし、自分次第です。』とつたえたけれど、

じゃまだったんだな、とおもう。


とても寂しいけれど、親がいつどうなるかわからないので、かいごにいっていたのに、コンサートで遊んでる人はほめられて、わたしのように、介護のために、カープを見に行く時間すら、そんなきぶんにもならなかったひとのことは、とてもめいわくがられたようだった。



収入もないのに、同調しないといけないのはつらかったからおあいこかもしれない。



さてさて、

その後、父は癌で悲しい突然の死に方をして亡くなった。だれもたすけてくれない、ひとりぼっちの中で、強がって、こえをあげるのも、だれかに助けてもらうのも嫌で、他人に頼って近所のひとに笑われたら噂されたりしてしまうのなら、ひとりで、と孤高ないきかたをつらぬいた。

父はそんな性格で、派手でもなく、うわさや、名誉や地位よりも、もっとたいせつなものを、もっていた。それがじつは、わたしたち子供たちのことと母のこと。何だか矛盾してるけれど。


震災の時、

両親の介護をした。毎日毎日、かうものがきまっていて、おもいにもつをもって、指定された料理をして、帰るのは、5時とかで、それ以上だと、でんわがかかった。

わたしは、束縛の苦しさをあじわった。自由でなかった。


そして、自分が心身ともにボロボロになっていても、

それでも、両親という家族といたころが良い思い出でなくても。


寂しさとは反対のぬくもりなんだ。


介護疲れで、一時はひどいことをかんがえたけれど、


いまは、寂しいとかんじている。


父はもう亡くなってしまったし

母は、脳梗塞から5分前のことが思いせないし、言葉がだしたくても出ない。


それで、携帯も使えないし、つかえても、、声もきくのも疲れるようで、

顔見えないからますます病気が進行してる。


わたしは、これからの未来になにを大切にしようとおもったとき、


広島に私のできないところや、わたしの弱さをささえてくれるかたと。土のある、家で、植物を育てて、自家栽培をして、半分仕事をほかのことをしながら、いきていきたいなと思う。


わたしは、まだ生きてる母に会いたいし

広島の父の入ってるお墓におまいりとお掃除をしているのだけど、

父になきくづれたい。

わたし、いま関東の埼玉にいて、

そこは、私には理解できない怖いことを経験して、助けて欲しいと伝えても、だれもたすけてくれないところにいる。

あなにおちてしまった。


そして、私が経験したことのないでることのできないことがある。

そして、誰に伝えても、たすけてがだめだった。つよいPTSDで、

でも一生懸命心のオアシス憩いの居場所をつくってる。

それはわたしの安心する居場所で

わたしに火が灯る場所。そして、それをみてまわりも火を灯る場所。


広島に帰りたい。


さびしくてたまらない。

それでも、

わたしは、もう1人の私が自分の一番の友達になって、たとえ世界の何がおきても自分の味方になることにきめたの。


だから、友達が、1人になろうが、いなかろうが、わたしがもう1人の私の友達。


友達がいるか、いないかよりも

自分が自分の友達になってあげるといいよ。


寂しいの前にあった、あたたかい思い出。

たとえそれが、あまり良くない思い出だとしても、


家族といたというじじつだけかんがえたら、産まれてからずっとこの世でひとりぼっちなわけではないよね。


あなたは、今寂しいだけよね。


あなたなら、またあたらしい家庭をつくれるよ。

たとえば、優しいあの人やあのひとやあのひとをみんな自分の家族の構成員だとおもったらいいんだよ。


書面上の国が決めた夫婦(パートナー)や家族ではなく、あなたが思う夫婦や家族の構成員は自分で勝手に決めていいんだよ。


寂しさは、次の幸せを教えてくれるサイン。



さびしいって、

心の断捨離なのです。


今後は有料相談のご利用をお願いします。

有料の場合、時間や場所(ネット上なのか、リアルなのか)もふくめ、対応しますし、これまでブログではかけなかったことなども、おはなしをきいて、あなたの人生の幸せに向かって、ご協力することもできます。


本気で時間も機材もお金もかけて、自分の生活の一部として、本気でしていることなので、有料にしますのでご理解ください。


ジャージコバ認定講師で

恋愛パートナーシップカウンセラーの

ココ明日香(ここあすか)でした。


(相談内容に、ブログでお応えしました)



YouTubeでアップしました⤴️



ね




ココ明日香(ここあすか)の提供するサービス

◆


◆

セルフケアセルフヘルプ 理想の異性を引き寄せる恋愛パートナーシップワークショップ〜あなたの恋愛パートナーシップをじゃまするものはなあに?〜



セルフケア。セルフヘルプワークショップ
〜理想の異性を引き寄せる恋愛パートナーシップワークショップ〜

120分
あなたのパートナーシップをじゃまするものはなあに? 
午前10-午後16:30のあいだ
オンラインかラインかセミナールーム
午後17:00-オンラインかライン
午後19:00からオンラインかライン
これは、自分で自分を癒す方法をまなび自分で自己回復することをするワークショップです。

◆

フランス語、英語もどうぞ🌈♬🦄


☆ メモリアルカード一緒に作成しませんか?講座以外は、

◆ほとんどのサービスのお申込みはこちらです。

場所は、zoomです。




英語とフランス語教えてます。すべて

ズームです。