わたしがジャージコバさんのゼロから始める起業スクール一期生。さらに、

理想の異性を引き寄せる恋愛スクール一期生になったのは、

わたしは人生をいきなおしたかったから。

心が穏やかで、明るくたのしい、

それをパートナーとわかちあう

そういうわたしになりたかったからです。

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そして、わたしの良いコのときだけでなく、悪いときもだせる、

わたしでいたかったから。

相手との距離感や、信頼関係の構築

なにをもとに、信頼したらいいか、

同じ時間をすごしてもなく、

病気で苦しいときに

逃げていく状況から、


ひとり結婚生活を新居でおくり、

自分のたのしいこと、


自分の好きなものったなんだったか


なにもかもがわからなくなりました。

いまは別居してますが、

大好きだったフランス学校に行けなくなり、

大好きだった街、神楽坂にもどれなくなり

それもこれも自分が勝手にそうしてるといわれたらそれまでだけど、


行こうとしては過呼吸になり、

吐き気と頭痛で、顔は真っ青でした。

大切なものを失ったことは大きく衝撃を受けていました。

神楽坂にはわたしの大好きな大切なものがおいたままで、わたしがデザインしてきたカーテンや机や赤のテーブルソファーや椅子や食器、にスプーン。ひとつひとつ選ぶのに吟味してきたものです。そして、まねきねこ。寂しいときも悲しいときも😭よこにいてくれたものです。

どうにかもどれないかやってみたけれど

吐き気がしたり、ひどい頭痛がして、

フランス学校も前の家にももどれませんでした。

いままでのんどもなんどもチャレンジして、

失敗して、ひきかえすのくりかえしでした。


やっとフランス学校にいけました。

神田川があり、木々がむかしからあり、

わたしはそこを通るのが大好きで、


ときどきランニングや散歩や神社めぐりは毎日毎夕してました。




今日やっと、その川のほとりを歩くことができて、

久しぶりに先生方ともおはなしできました。

かえりはやはり吐き気がしたけれど、

いくつか懐かしい場所でふとたちどまり、

懐かしい思い出にひたりました。

神田川にいる黒サギという鳥をみたり、川沿いを走る電車を眺めれてが🚃うれしかった。

フランス語のシャワーを🚿あびて、

たいせつな無くしたものをもう一度みつけたときの

ように、ホッコリしました。


たまたま、仲の良かった友人にもばったり会うことができました。

わたしは、威圧的な人がこわいです。

怒鳴る、コントロール、

言葉の暴力は 

心身にこたえました。


でも、それがわたしがしていたとしたら、

と、かんがえることもあります。



そういうことにむきあうことになりました。


☑︎自信をなくす
わたしは何をしてもパートナーや家族からは否定からはじまり、

小さな失敗やミスでも執拗に責められていると、わたしがかんじていました。

何をするにも自信が持てなくなってしまいました。

『どうせまた失敗する』『どうせ認めてもらえない』とワクワクする気持ちも失われます。

☑︎言いたいことが言えない、言えなくなる


わたしが言ったこと、つたえたことに対して

パートナーが突然怒り出したり不機嫌になったりすることがしょっちゅうおきると、


わたしがパートナーに発言するのをためらってしまうようになります。


それだけでなく、

人に話しかけるときには『この言葉を使っても大丈夫だろうか』とひとつの行動のまえに、

以前の怒られた体験や無視されたことをおもいだして、もう傷つきたくないとおもうと、

ひとつひとつの行動にためらいます。考え過ぎてしまいます。



☑︎顔色をうかがってしまう


パートナーを怒らせると

自分に対する暴言がひどくなったり

嫌なことをされる、

言葉で脅されたりする経験がありました。



わたしは自分を守るためにも

パートナーを怒らせないように常

に顔色をうかがって接してしまいます。


それが習慣化されてしまうと

相手が友達でも知人でも、家族でも同じように相手の顔色を気にするようになります。


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わたしがそれでももう一度チャレンジしたのは、

その街も学校もひとも、語学の友人も、先生も好きだったから。

特にマルセルパニョルの翻訳や、ル・クレチオの翻訳、フランス語のニュースや映画🎬の理解は、
自分の人生をまったく違う価値観にいざなってくれました。

スイスにひとりで飛行機にのっていくときも、
フラ語の友人に、事情が乗れるなら乗ってみろというゲームにのせられたはなしをすると、
だいぶあきられて、
そして、背中をたたいて応援してくたのでした。

乗れるものなら乗ってみろ
過呼吸でも不安パニックでも、
くやしかったら乗ってみろ
、そういう イジメのような
悪ふざけからはじまった、ひとり飛行機でスイスでした。

でも、語学仲間や、デザイナーさんや、いろんな人から、
あら嫌だ、そんなことされるの、
といわれながらも
わたしのことをずっとおもってくれていた方々がいたから、

体が弱くても、ふあん障害があっても、向こうでなにかあっても家族から、信頼できることも、助けられることもなくても
仕方ないショボーン
その覚悟でいきました。

実際なにも期待せず、ただ自分がその時点で限りある時間のなかで、飛行機をとって、乗ったのでした。