小林麻央さんがお亡くなりになられました。
それを知ったのはお昼前。
いつものようにブログを書こうかとイラストを準備している時でした。
多くの人がそうであったように、私も影ながらなんとか奇跡が起きてほしいと祈っていた一人だったので、
ショックで、しばらく呆然としてしまいました。
いつものようなドタバタ劇場を書くエネルギーが起きませんでしたし、
書いてていいのかなと躊躇してしまいました。
私がこのような事を書くのはおこがましいですが
心からお悔やみを申し上げずにはいられません。
こんなにも生きたい・生きていてほしいと願われている人を奪っていってしまう運命の非情さを感じます。
こんなにも必要とされている人にさえ奇跡は起きなかったと無力感を感じ、
ぐるぐると考えさせられた一日でした。
苦しい状況の中でもひたすら希望の光を見つけ、最期まで強い光を放った女性だったと思いますが、
強く光るものの裏側の影は色濃かったと思います。その辛さは想像を絶するにあまりあります。
私は父を癌で亡くしていますが、奇跡でも起こらない限り治らないという現実の中で生きていかなくてはいけない状況、死に向かって走り出した病魔をどんなに止めようと思っても止まってくれない状況は、
綺麗事で語れるような感情ではありません。
どうして自分がこんな目に合わなければいけないんだと運命を呪った日もあったでしょう。
ドボドボとわき出てくる不安に必死で蓋をした日もたくさんあったと思います。
泣いた日だって、疲れてもうやめてしまいたくなった瞬間だってあったと思います。
なにより、小さな子供たちを遺して先立たなければいけないことがどんなに無念だったでしょう。
きっと多くのお母さんたちが同じように考えを巡らせたと思います。
麻央さんがどれだけ生きたいと思ったか。
もう一度当たり前のように歩いて、しゃべって、食べて、子育てして普通の毎日を送りたかったと思います。
今、私が何気なく過ごしている日常が
麻央さんにとっては叶えたくてしかたなかった、戻りたくてしかたがなかった夢だと思います。
私の生きている今日は、明日を生きたいと願った人たちの叶えられなかった明日でもあります。
だからこそ、今ある命を一生懸命輝かさなければいけないと改めて考えさせられました。
麻央さんのブログには私を含めたくさんの人たちが勇気付けられ、励まされ、突き動かされたことと思います。
彼女のブログは、SNSの持つ意義、使命を見事に体現させたものだったと思います。
見ず知らずの人たちにこれほどの影響力を与えられたのは彼女の勇気があったからこそです。
私は彼女のような強い力も心も持ち合わせていませんが、ブログを書く立場の者として、
誰かの力になれるように、誰かの肩の力を抜くことが出来るように頑張りたいと思います。
最期の言葉、聞くたびに泣けてきますね。
でも、不思議なことに本当にあるんですよね。
私の父も意識不明でずっと昏睡状態だったのに最期の瞬間には目を開き、じっとこちらを見つめ旅立ちました。
乳ガンで亡くなった幼稚園のママは五歳の息子くんがお母さんと呼び掛けた時瞬間笑い息を引き取ったそうです。
たくさんの人たちが生きたいと思った明日を私は精一杯生きなくてはいけません。
泥んこの体操服をごしごしと洗えること、
散らかった部屋を片付けられること、
さんざん外で遊んだ子供たちを羊飼いのように部屋の中に追い込めること、
こんな些細なことが当たり前のようで当たり前じゃないんだと噛み締めながら、
一生懸命生きようと思います。
自分には出来ることなんて何もないだなんて思わないで、
自分にも出来ることがある、自分にもどこかの誰かになにか差し出せるものがあると信じて、
一生懸命生きようと思います。
遺された海老蔵さん、お子さまたち、ご家族の悲しみはいかばかりかとお察しいたします。
ご冥福をお祈りいたします。
痛みからも苦しみからも解き放たれてゆっくりと休んでください。
お子さまたちの成長はきっと日本中のみんなが温かく見守ってくれると思います。安心してください。