皆さん、こんにちは。きょうは、洗足木曜日(せんそくもくようび)です。

日曜日では無いですけど・・・

今回は、イエス様が十字架に掛かられる前、お弟子さんらぁになさったことを書かして頂きますね。

 

 

イエス様が十字架に掛かられる前の木曜日。

イエス様は、お弟子さんらぁと一緒に「過越の食事」をなさったんですが。

その席で、夕食の席から立ち上がると、上着を脱いで、手ぬぐいを取って腰にまとわれて。

で、たらいに水を入れて、お弟子さんらぁの足を洗われました。

 

 

実は、イエス様の時代・・・外から帰ってきた人の足を洗うんは、奴隷のする仕事でした。

でも、先生って呼ばれるようなイエス様が、弟子たちの足を洗われた。

その事には、すごい大事な意味があったんですよね。

 

イエス様は、この時、既に。

自分が十字架に掛かって死ななアカンっていうことを御存知でした。

でも、イエス様の弟子ん中には、弱さを持ってる者が大勢います。

先週の話で登場した・・・イエス様を裏切って売り渡そうとした、イスカリオテのユダ。

また、イエスなんか知らんと3回も否定してしもたペテロも居ります。

それでも、イエス様は、弟子たちを心から愛しとられました。

イエス様は、弟子たちに対する愛を、足を洗うことで表されたんやね。

 

そもそも、他人の汚れた足を洗うなんて、大概の方は、嫌なんちゃいますか?

「なんで、こんな汚い他人の足なんか洗わなアカンねん。」それが、本音やないか思うんですよ。

足を洗ってあげる・・・いうことは、その人を大切に思てへんかったら、

絶対、出来いひんことですよね。

 

イエス様は、そうして、弟子たちの足を洗ってくださったのに、

弟子ん中には、奴隷のようになって、足を洗おうとする者は居りませんでした。

さらに「誰が一番偉いか」って言い合ったり、自分をイエスの次の位にして欲しいとかって。

何やかや、言うたり頼んだりしとったんですね。

その時、イエス様は、「仕える者になりなさい」、「しもべになりなさい」って。

そう、弟子たちに言われました。

イエス様は、弟子たちの足を洗われたことで、自らへりくだられて、

「仕える者」・「しもべ」と、なられたんやんね。

 

 

 

仕える者、しもべになるっていうことは、実際、難しいかもしれません。

自分に力があったら、“どうや。私は偉いんやで・凄いんやで・逆らわれん力があるんやで”って。

そんなふうに、ふんぞり返りたくなる。

自分自身も弱い者やから、ひょっとしたら、そんな心があるかもしれません。

でも、イエス様は「自分の身を粉にして人に仕えなさい」とも、

もしかしたら、私たちに教えてくださっとんかもしれませんね。

 

また、イエス様は、「あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです」言われました。

「互いに足を洗い合う」・・・

これは、私たちが互いに愛し合うこと、互いに仕え合うこと、互いに赦し合うこと。

そういう意味やと、ある方のブログに書いてありました。なるほどなって思いますよね。