おはようございます。今朝も訪問くださって感謝いたします。
2月最後の日曜日になりました。いつものように、聖書のおはなしから入らして頂きますね。
今週も宜しゅうお願いします。
カナン人の女性の願い
今まで私が書いてきたイエス様の姿は・・・。
大概、弱い人・苦しい人を進んで助けてくださるような雰囲気を描きもって書いてきた気がします。でも、けさ書かして頂くイエス様は、普段とは様子が違うて、ちょっと冷たいなと思てしまうかも。どんな事があったんかって?それを、今回は綴らして頂きますね。
イエス様と、イエス様の御弟子さんらぁは、ガリラヤの・・・すーっと北の方に出かけました。
それは、ツロとシドンの地方で、ユダヤ人の国やない外国の地でした。
この頃、ユダヤ人は外人と付き合わなんだんですが、イエス様は、わざわざ外国まで来られました。
イエス様と御弟子さんらぁが道を歩いとった時、ひとりのカナン人の女性が追いかけてきました。
彼女は、こう言いました。
「主よ、ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が悪霊につかれて、ひどく苦しんでいます。」
ここで言うダビデの子いうんは、イエス様を特別なお方やって認めることばです。
イエス様が不思議な力で人々を助けとられる噂は、この地方にも伝わっとったんやんね。
イエス様の答え
でも・・・イエス様は、一言も・・・お答えになりませんでした。
苦しむ人を助けてくださるんがイエス様やのに、如何したっていうんでしょうねぇ。
女性は、なおも「主よ!」って叫びながら、後を付いていきます。
御弟子さんらぁは「しつこくて困るので、あの人を帰らせてください。」って言いました。
早う願いを聴いたげたらエエのになって、たぶん思たんかもしれませんね。
でも、イエス様は、女性に・・・こう仰いました。
「わたしは、イスラエルの家の失われた羊たち以外のところには、遣わされていません。」
ここでイエス様が言われてることは、何やったんでしょう。
それは、まず御自身が果たすべき使命が、神様から離れとるイスラエル人を導くことやと。
そういうことを仰ったんやんね。
そんな理由やさかい、イエス様は、外国人の願いが聴けえへんのやってことなんや思いますか?
実は、そうでは無かったんですよね。
ほめられた女性の信仰
カナン人の女は、諦めんとイエス様の前に回ると、足元にひれ伏して、助けて欲しいと言いました。
この時初めて、イエス様は女性に声を掛けました。
「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのは良くないことです。」
子どもたちいうんがイスラエル人のことで、小犬が、外国人のことを意味しとんです。
それで・・・パンが、神様のくださる恵みのことを表わしてます。
要は、イエス様の言われてるんを解りやすう書くなら、こういうことです。
まずイスラエル人に与えるべき神様の恵みを先に外国人に与えるわけにいきません・・・ってこと。
そういう意味なんやんね。
真剣な顔でイエス様のことばを聞いた女性は、こう答えました。
「主よ、そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパン屑は頂きます。」
要は、ペットの小犬でも、飼い主のテーブルから落ちたパン屑なら食べることを許されるはずやと。
そう言うたんやんね。
神様の恵みを、ほんの少しでも分けて頂けるんなら、きっと娘は癒やされるって信じとったんやね。
この女性の言葉を聞くと、イエス様は、微笑んで、こう仰いました。
「女の方、あなたの信仰は立派です。あなたが願うとおりになるように。」
イエス様は、女性の立派な信仰を褒められたんやね。ほって、娘の病も、すっかり癒やされました。
娘に憑いてた悪霊からも完全に解放されて、具合が良うなったんですね。
イエス様は、女性が自らの信仰をハッキリと表明するようにっていうお考えで・・・、
あえて、人には冷たぁ見えるような態度を、御自身で、とっとられたんやんね。
女性は「私たちを小犬っていうなんて酷いわ」なんて言わんと、自分の立場を認めとったんです。
自分は、神様の恵みを頂くんには相応しいような者やないっていうことを・・・。
でも、あわれみ深い神様の大きな御愛を信じて、諦めんと、イエス様に願い続けました。
祈りや願いが聴かれないと感じる時
ずっと神様にお願いしとる事があるのに、何で自分の願いは、いつまでも叶えられんのやろって。
そういう時は、自分自身が、生まれながらに罪を持った存在やって事を認めることが大事なんです。
「何て・・・?私(僕・俺)は警察に捕まるような罪・人に迷惑なことなんか、した事ないって。」
そう言われる方も多いんかもしれませんけども・・・。
でも、聖書の言う罪って、そういう道徳的・社会的な常識を超えたような罪やないんですよ。
聖書の言う罪とは、神様のお考えから離れて、自分の思い通りに生きようとする生き方のことです。
イエス様は、私らぁに対して、そういう者のままではアカンよって仰るんやんね。
常に、へりくだった心で、謙遜な気持ちで、自分は神様の恵みを受ける資格のないような者やと。
そう認めるべきやと、私らぁ一人ひとりに言われとるんですね。
また、願いが聴かれへんさかい言うて、神様に願うことを諦める必要は、ありません。
きょうのカナン人の女性のように、諦めずに、繰り返し繰り返し願い求め続けることが大切です。
ちょっと心にグサッと刺さるところも、あったかもしれませんね。私自身も、そうですから。
ですけれども・・・最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
今週も、皆さんの上に、神様の恵みと祝福が豊かにありますように。
今週の祈り
天のおとうさま。今朝も、お話と御言葉をくださって、ありがとうございます。
きょう出てきた女性のように、しっかりとイエス様に対する信頼を持てる者になれるようにと。
心から願います。
イエス様のお名前によって、お祈りいたします。アーメン。



