こんにちは。

きょうも・・・ちずさん通信に訪問くださって、ありがとうございます。

朝の聖書のことばに、お目通しくださった方も、ありがとうございました。

いかがやったでしょうか。

 

元日早々から胸が痛む、大変な出来事が起こってしまいました。

能登半島地震とか羽田の事故で亡くなられた方々に、心から哀悼の気持ちをおささげして・・・、

避難生活とかで大変な思いをされてる方々には、謹んで、お見舞い申し上げます。

そやで、皆さんの心が少しでも慰めになったらと思て、

あえて、アメーバピグで楽しんどった時の「ねこきゃっち」ん時の画像を貼らしてもらうことに。

いや、、、ゲームの名前、違うとったかいなぁ。まぁ、そんな事は、どうでもエエんやけどね。

つらい事ばっかりで、ほんま胸が張り裂けそう。そんな気がしてならんのですよ。

 

 

 

さて。そんな事で始まってしもた2024年ですけども。

私、昨年2月末、仕事としてさして頂いとった療育の働きを退いて・・・、

やめた春から、母と共に、父の介護をするようになりました。

父、一昨年ぐらいからパーキンソン病を患いだしたんです。

身体が動きにくて、歩くんにも支えが要ったりするし、感情のコントロールが出来んかったりする。

そんな事もあって・・・

2か月に1回、母を伴って、マイカーで市内にある総合病院の脳神経内科に連れて行き、

水曜日は、1ヶ月に2回、かかりつけの先生の往診を受ける。

毎週木曜には、市内にある介護支援センターの先生から、1時間ほどのリハビリ。

・・・いう感じの介護サービスを受けとんです。

 

 

ただね。病気なんやさかい我慢せなアカンって、頭では分かってても・・・

あまりにも、父が自分勝手なんには、ほとほと頭にくるなって思てしまう時があるんです。

自分の気持ちが思い通りにならんかったら、母や私に文句ばっか言うて、ギャーギャー怒るくせに。

私がしてしもた失敗には「何やっとんじゃ」って怒鳴り散らして、

そうや私が悪かった、ゴメンって謝っても、認めても許してもくれえへんのやさかい。

 

 

一昨日かって、そうやったんですよ。

妹一家・姪一家が来たさかい、私や母は、彼らを食事で、もてなす準備のために、

決して自分らぁが昼御飯を食べれる時は、早い時間やなかった。

そやで、夕方5時を過ぎてからやないと、夕飯の支度は早すぎるかなと悩みながら準備しよるのに。

父の言う事いうたら・・・

「6時から❝人生・歌がある❞が視たいんや。はよう飯にせえ」やて。

父は、妹一家やら姪一家と同じように、母と私で支度したんを当たり前のように食べとんやで、

そら、そんな気か知らんけど。

母と私にしたら、彼らをもてなすんが終わって、午後2時になってから、漸く昼御飯やったのに。

もし6時に御飯やったら、そんな、お腹も空いとらへんやんね。

 ❝完全に我儘な子どもやな。お母さんやら私の気も知らんと❞ ・・・って。

腹立つ半分・わらけて呆れる半分、複雑な気持ちですわ。

 

母と私は、みんなをもてなした後の御飯やったんやで、あんまり早うしたらアカンかと悩みながら、何やかんや、どうしよかな、どうしよかなって考えとんのに。

こんな気も知らんとって何言うとんねんって・・・キレそうになる気持ちを、必死で堪えて。

 

 

実はね、私の行っとる教会の方ん中にも、今ね。

私の父よりも御高齢の親御さんの介護をせんなんさかいって、頑張ってる方が居はるんですよ。

その方は、私みたいに介護されとる言うても、立場の大変さが違うんです。

私は、療育をやめて、実家で両親と一緒に居らして貰ってて、母と一緒に介護やけど、

でも、その方は、働きながら、親御さんの御世話をされたりしてる。

書いてる方が・・・、どんだけ毎日のことを頑張ってしてはるんやろ思ったら、

私みたいな者が我儘なんか言うたらアカンって、そうとも思うし、

その方の爪のあかを煎じて飲まなアカンわとまで、思わされる。

その方と違って私は母と半分介護なんやさかい、むしろ、感謝せんとアカン立場なんやんなって。

 

でも、こういう事のシンドさが解らへん人は、

「誰でも通る道なんやさかい頑張らなアカンやんか」って。

簡単げに言うたりしてんやろけど・・・、それは絶対に違うやんなって、私は思うんです。

そんなふうに簡単げに言うんなら、あんた、やってみいなって。

ほったら、どんだけ介護いうもんが大変で、しんどい事か。

それが身に染みて分かるやろ・・・って。

 

 

今日は、長ったらしい愚痴になってしもてごめんなさい。

でも、読んで下さった方、ほんまに・・ありがとうございます。