子供にメキメキとHPを吸われて
食べて寝ること以外の活動が、
なかなか難しい、今日この頃です💦

(11/17(土)の東京のサイコドラマは、中止させて頂いております(;´д`))




1日の半分くらい寝てますと、
色々な夢を見ます。

思い出したのは、10年以上前の研修のこと。


大学の心理学科のインターンシップで、
街の心療内科に約1ヶ月間通ったとき。

そこでは、
希望の患者さんを集めて、
スポーツしたり、工作したり、音楽したり、
とにかく、
一緒になってレクリエーションするが多かったです。


それまでのワタシの心療内科のイメージは、
無気力で、非活動的で、暗くて、
今考えればかなりヒドい先入観でした。

しかしそのインターンシップで、
そんな先入観を見事打ち砕かれ、

とても前向きで、生き生きしてて、
日々その暮らしを全力で送る姿に、

「あぁ、ワタシの方が、学ぶ事だらけだ」
「あぁなんて、素直な人たちなんだ」

と、
勝手に感銘を受けて、涙が止まらなくなりました。



ひとたび泣くことを許可すると、
それはまるで、堰を切ったように、という表現が、本当にピッタリなように
どこまでも、どこまでも、泣けるものです。

当時ワタシは成人していたにも関わらず、
心療内科の、
終業間際の事務所で、
施錠時間すら忘れて、

恐らく2時間は、泣いたでしょう。

声は殺せませんでした。

ぎゃあぎゃあと、泣きました。

自分でも、内心ドン引きですが、
最早止められません。



そんなワタシに、
最初はオロオロしていたワーカーさん達も、

あぁこれは、どうしようもない

と、諦めてくれて、
ただ黙って、事務所の隅で、泣かせてくれました。


これが本当に、有り難かった。


どこが悪いわけじゃないんです。
どこも痛くないし、何も怖くないんです。


そう、ただ、泣きたいだけ。
溢れる涙を抑えきれなくなった。


ただ、それだけ、だったんです。


これ以来ワタシは、
「ただ、泣かせてあげる」
という寛容さを、発見しました。


2時間も泣けば、たいがい疲れて、眠ります。
それで良いんだと、思うんです。


そこに「理由」が欲しいのは、
本人ではなく「まわり」です。