週末のサイコドラマ漬けが
だいぶ効いたらしい💦


新たなキーワードが、浮上してきた。


「約束は、気分で返答して良い」


これ、めっちゃザワザワする(>人<;)



ワタシは基本的に、
言葉と行動は、一致させたい人。

べきネバじゃなく。
自分という人間として、そう在りたいと思う。


でもまぁ、世の中には、
そうじゃない人もいるわけで(^◇^;)

「◯◯したいと思っている」
「その方向で、考えている」
「本当は◯◯したかったんだけどー(10回目)」

みたいな。


前向きな返答とは裏腹に、伴わない行動。


この不一致感、スゲー嫌(*`へ´*)

加えて、ちゃんと断らずに、
さも「あー惜しかったー(^◇^;)」
みたいなのが、尚更、嫌(*`へ´*)


で、
なんでこんなに「過剰に」イライラするんだろ?
その割りに、
なんでこんな事する相手に「過剰に」気を使うんだろ?
って考えたら



やっぱり出てきた、ラスボス母(´⊙ω⊙`)‼️



あれは忘れもしない、ワタシが3歳後半の頃。

隣町にボウリング場が出来て、
母はワタシに
「4歳になったら、行こうね」と言った。

そして4歳になってしばらくして、
母に、いつ行くのか聞いたら、
「叔父さんが休みの日に一緒に行こうね」
と言った。

しかし叔父とは同居しておらず、
いつが休みか分からない。

そのうち叔父は結婚し、子供を持ち、
ワタシは20歳になっていた。

それでも、性懲りも無く、母に尋ねた。
「4歳になったら、ボウリング連れてってくれるんだよね?」

そしたら母は
「あぁそうだったね、今度行こうね!」と。

「今度っていつ?そう言って16年、すっぽかしたよ?」

「今いきなり言われたって、分からないよ!」←いきなり?

「いきなりじゃないし(笑)ねぇ、もう面倒なんでしょ?」

「そんなこと無い‼️」

「約束だって、忘れてたんでしょ?無理しなくて良いよ?」

「無理じゃない!行くから!今度行くから!」

「それ、前も聞いたよ?さすがに16年は、長すぎだよ(笑)無理なんでしょ?行く気無かったんでしょ?」

「ちーがう!忙しかったんだ!あれやこれやそれや云々…」

「それももう、聞き飽きたよ。結局無理だったんでしょ?いいよ。怒ってないよ。だから一旦、この約束、破棄してよ?そうしないとワタシ、ずっと、約束を破られたままだよ?」

「今度!今度行くから!電話するから!」




そして早、13年。
最初の約束から、30年が経つものの、
誘いの電話など、来る様子もなく。
(来るのは「大変で可哀想な私を分かって!」という電話のみ)

母はまだ存命だけど、
これはきっと、今世では叶わないなぁ。


何であんなに頑ななのか、
理由はワタシには分からないけど。

これが、どんな形であれ、
一旦終結しないことには、
ワタシの「言動の一致へのこだわり」は
今後も続くんだろうなぁ。