高校の生物の授業で習った事。


受精卵が
その生物の形を成す

その過程はまさに



欠如の過程




成長した胚の
一部が壊死して指になる。
一部が壊死して足になる。
一部が壊死して顔になる。
一部が壊死して首になる。
あらゆる箇所を棄てて「個」となるのだ。



そう考えると、

できないこと。
分からないこと。
やりたくないこと。


そういった「欠如」こそが
「個の証」とは呼べないだろうか?


{95B6DF7B-C7A7-4F4D-B02D-9251A05324A3}