みつば邸に着いた。
門の前で、ちえりが大げさに両手を広げた。
「ねーぶんぶんち、おっきいでしょ!」
ちえりが自慢げにグリーンに言う。
「そうね、大きいわね」
「大きいと大きいなりに悩みがあるんですわ。たとえば、合宿先になるとか」
おろろん。
と、そのとき、彼女ら5人の耳に、女性の悲鳴にも似た、声が入る。
「あ、ああ!」
みつばが振りかえると、そこには翡翠森(ヒスイモリ)の老夫婦がたっていた。
夫人は倒れこむように地べたに尻もちをついた。
驚いている老夫婦の視線の先をみつばは追う。
長髪のおねーさん…グリーンだった。
「お、おばさま、大丈夫ですの?」
ちえりとみつばは、わけがわかずも、倒れた夫人を起こそうと駆け寄った。
「か、かえで!? かえでが生きているわ!?」
「ばかな、そんなことがあるものか、しっかりしなさい」
主人のほうは逆に冷静だった。いや、それでも取り乱したような感はある。
「どうしたの?」
るりかとあかねも駆け付けた。
「いや、おおごとになってしまって、すまないね。実はね、過去に娘がいてね。不幸にも事故でなくしてしまってね」
主人は、抱えるように夫人を起こした。
「はい、ばぁや、からお聞きしましたわ。お気の毒ですわ」
夫人がグリーンを指さす。
「みつばちゃんのお友達、そっくり、なのよ。かえでに」
「わ、わたしが…!?」
「お嬢さん、申し訳ないね。違うことはわかっているんだよ。お騒がせしたね」
「そうですね、でも、もしかしたら、ひょっとしたらって思ってしまいましてね」
翡翠森夫婦はグリーンに頭を下げた。
「おねーさんは、ちえりたちのお友達だから、こんどおじーちゃんとおばーちゃんち行くね!!」
ちえりが明るく、そういった。
「ありがとうね、お嬢ちゃん、みんなで来てね」
ちえりに笑顔で応える夫人は、今度はグリーンの手をとった。
「あなた、いつでも来てね。待っているわ」
「……。いつでも?」
グリーンは、戸惑いが隠せない。
「さあ、いこうか。じゃあ、お騒がせしたね」
「ごきげんよう、ですわ、おじさま、おばさま」
みつばは心配そうに、手を振って、見送った。
老夫婦が去ったあと、自然と4人の視線はグリーンに集まった。
「そういえば、おねーさんって名前なんていうんですか?」
るりかがグリーンに聞いた。確かにそうだ、名前を知らない。
「え?」
「あたしら、ちゃんと自己紹介したよ」
今度はあかねが詰め寄った。
「え? な、名前?」
「そうですわ、お聞きしてもよくって?」
まさか、ダークネス・グリーンと言うわけにもいかない。
ここまで近づけたのにすべてが水の泡だ。
あせるが、人間の名前など、考えられるはずもない。
しかし、黙っていれば、逆に不審がられてしまう。
「か、かえでよ。あたしの名前はかえで」
ヤケクソぎみでそう答えた。
「ええ!じゃあ、本物なのか!?」
あかねがびっくりした。
「ってそんなわけないでしょ^^;」
るりかがあかねを制止する。
「でも、どういうことですの!?」
「つまりさ、偶然、名前まで一緒だったってことですよね。ほら翡翠森のご夫婦、あんだけ驚いていたでしょ」
「確かに。悲鳴をあげたからさ、ちえりがいたずらでもしたのかと思った」
あかねがちえりの頭のうえに手を置いた。
「しないもーん!」
「これで名前まで一緒だってわかったら、余計びっくりするし、余計勘違いする。さらに混乱しちゃうじゃん」
るりかがグリーンの様子を伺いながらしゃべる。
「混乱しますわ><」
「そ、だから黙っていた。名前をいうのも少し躊躇したってことですよね。展開的に」
るりかの読みの早さが、幸いしてか、災いしてかはわからないが、グリーンは窮地を脱出できた。
「そ、そういうことなのよ。いいづらくなっちゃったわ」
複雑な感情で、かえで、ことグリーンは言った。
ダークネス・グリーンはなぜか、老夫婦のことが頭から離れなくなった。
相手の勘違いであるし、所詮は自分自体に用があるわけではないのだ。
用があるのは、私に似た、死んでしまった娘。
「じゃあ、かえでさん。中に入ってくださいな。ばぁやも紹介しますわ」
自分が人間に化けていた、あいまいな存在に「かえで」という名前がつけられた。
架空の人物が、具現化する。
かえでを演じようとする。
グリーンにとって、この役が心地よいものだと気づくのは、そう遠くない未来でのことだった。