あれこれ試行錯誤しとりました。
 
 
 
ネコポス用の封筒とビニール類。
これらの保管場所に頭を悩ませてた。
あれこれ考え抜いた結果…
 
 
 
封筒類はチオビタの箱にご献上。
2回目ワクチンをキメて熱が出た時に
飲もうと思って箱買いしたやつ。
中身を全部出して封筒を押し込んだよ。
 
残るはビニール類。
商品を水に濡れさせない必須アイテムだ。
サイズが多いので保管が面倒くさい。
悩んで考えてまた悩んで。
 
その結果。
 
 
月堂になりますた。
.
 
 
建物の後ろに一本の煙突が。
場所はどうやら今も現存している
上野月堂のようだ。
 
 
着物姿だと思われる通行人。
月堂に立ち寄るのかもしれない。
まだゴーフルは発案されてませーん。
 
 
 
店舗は2階建てで描かれている。
1905年(明治38年)に開店したのだが、
1923年の関東大震災(大正12年)と
東京大空襲(昭和~20年)で全焼している。
 
文字が右横書きだから戦前かねぇ?
 
 
 
実印で馴染みの篆書体(てんしょたい)。
「凸版印刷株式会社 印刷」とある。
 
会社は1900年(明治33年)に設立。
ギリ19世紀ってワケですな!
 
 
 
配達用なのか店先に自転車が2台。
明治30年代に広く普及したそうだ。
 
その頃は、可憐な乙女がチャリに乗って
颯爽と走り回るのが流行したそうだ。
 

 

 

※ 声高らかにご斉唱ください。

 

大正時代のじゃじゃ馬やペチャパイは

ガッカリさせる要素だったようですが、

平成・令和では優良物件のようです。

 

真顔大正浪漫!

 
 
 
大日本東京 京橋区南伝馬町
月堂総本店 大住喜右衛門製
 
1751年から1764年(江戸時代)のお話し。
初代の小倉喜右衛門(きうえもん)が
上京して江戸の京橋で「大阪屋」を開業。
 
初代には子供がいなかった。
そのため、姪の恂(じゅん)を養女に。
その後、幼女は屋敷に奉公して側室に。
生まれた息子が水野忠邦。後の老中。
 
暇をだされた恂と2代目喜右衛門が結婚。
義理の息子の忠邦の力添えもあって
松平家の御用菓子商に任命される。
 
この頃に大阪屋から月堂」となり、
性も小倉から大住(おおすみ)に改姓した。
 
 
 
「大住謹製」の文字がある。
ヤフオクに出品されてたものを見たら
「米津謹製」って記載されてたのもあった。
 
米津は5代目喜右衛門時代の番頭さん
現在の両国月堂、神戸月堂、
長野月堂、甲府月堂は
米津松造が暖簾分けした店舗だそうだ。
 
脳裏に浮かんでる米津は関係ないと思う。
 
脱線したが、俺のは「大住謹製」なので
本家総本店から販売された物らしい。
 
 
 
ふうげつどう きうえもん・おおすみ
おかしや
みなみでんまちょう とうきょう にほん
敵性文字がビッシリ。戦前ならモダンやね。
 
 
 
特に何のヒネリもない表記。
オークションなどで出品されている箱には
「宮内庁御用達」「かすていら」などの
表記が確認できた。俺の超シンプル。
 
5代目時代の番頭・米津松造が
両国の若松町に米津月堂を開設。
その25年後に宮内庁御用達となる。
 
総本店も別の場所で賞を受賞しているが、
モンドセレクション受賞!みたいな
表記が俺のには全くナイ。
 
むむ、時代背景が読めん!
 
 
 
総本店(現 上野凮月堂)で買った物だが、
いつ頃に買われたものか推測できん。
 
出品者情報によると、昭和初期
祖母が和服の小物入れに使用していた、と。
懐かしいナフタリンの匂いがする。
おばあちゃん家のタンスの匂いやね。
 
昭和初期から戦前までのあたりだろうか?
何か他にヒントはないのかねぇ?
張り紙上部のコインの絵を調べてみた。
時代背景が分かるかもしれない。
 
 
 
時計で言うと11時あたりの文字。
「UNIVER」と読めるような。
ユニバー…?サルか?
 
2時あたりに「INTER」の文字。
4時に「ONALE」に見える。
インターナショナル?
 
 
 
2枚目は人の横顔のように見える。
3時あたりに「FRAN」の文字。
フラン…す?フランスで何があった?
 
ユニバーサル、インターナショナル、
フランスで明治・大正で検索してみる。
で、導き出された答えが…
 
 

1900年(明治33年)にパリで開催された

第2回目のオリンピック。初期だな!

どうやらその記念メダルのようだ。

 

 

 

画像はパクりました。許せ。

この裏が人の横向きのやつ。

月堂カンケーないじゃん。謎だ。

 

 

 

3枚目のコイン画像。

1時方向前後の文字は

「明治十年内國…」と読める。

 

中央の四角の中に「東京」の文字が。

明治10年の東京で調べてみると…

 

 

大久保利通が明治10年に開催した

「内国勧業博覧会」が浮上。

 

開催された場所は東京の上野公園。

大住の南小伝馬町月堂と

米津の若松町月堂が受賞する。

 

大住側は糕(かこう)を出品。

察するに甘いカステラの前衛的なものか?

 

沖縄名物のちんすこうを漢字にすると

「金楚糕」と書くらしい。そのだ。

昔は蒸し菓子だったようだ。

 

 

中高生の頃は商品名を聞いて

ニヤニヤした記憶があるお菓子筆頭。

.

 

対して米津側の若松町凮月堂は、

乾蒸餅(ビスケット)で受賞した。

その後はアイスクリームやシュークリーム、

マシュマロやゴーフレットを開発していく。

 

 

 

要は博覧会で受賞した人に贈られる

記念メダルのようだ。四角の中には

受賞者の住所が記載されたそうだ。

 

この時代は宣伝代わりなのかも。

今は個人情報の漏洩やね。時代だな!

 

 

 

何かの記念メダルの可能性が高い。

が、今回は情報が少ない。

 

画像2枚目の4時に「明」の文字。

6時に漢数字の「十」に見える。

中央は立っている…なのか?

 

明治10年代で東京で催された何か。

記念メダルになるくらいの行事だ。

調べて出された答えが…

 

 

1883年(明治16年)に上野公園で開催。

第一回目の水産博覧会だった。

月堂が関与してるか知らんけどな。

 

 

記念メダルは、たぶんこんな感じの。

ほぼ第二回目開催のメダルばかり。

でも絵が似てるから合ってると思う。

 

 

 

中央に円形のような物がある。

その下に3頭の馬の脚が見える。

 

 

明治17年から25年まで開催されていた。

その時のメダルなのだろうか?

なんでもメダルにしちゃうんだなぁ。

 

 

 

中央に門のような物がある。

何かの建物?手前は階段っぽく見える。

建物の上には文字ようなものと

丸い物体が見えるような気がする。

 

当時の東京海軍所や東京大学などにも

雰囲気は似てるが決定力がない。

 

総本店(上野凮月堂)かもしれない。

中央の門のようなものは屋根飾り

手前の階段のような部分は屋根瓦で。

 

文字は右横文字で「凮月堂~」で。

上部の丸いのは工場の煙突

しかし、煙突の先は丸くないんだよなぁ。

よし、分からねえ!

 

よーするに。

 

 

 

明治・大正時代が感じられるラベル。

昭和初期の頃に買ったと思われる

お菓子の木箱が手に入った。

このサイズで高さのない箱が欲しかった。

 

 

 

横22㎝、縦31㎝のビニールも入る。

これで管理が楽になるぞ。ばんざーい!

 

いい買い物をしたぜ!

 

 

 

 

 

ゴーフルとゴーフレットの違いはサイズ。

中のクリームを舐め取ってから

煎餅を食べるのは隠れてやりませう。