みょんみょんのビリーフチェンジのセッションは、たくさんの質問に答える事から始まりました。
思ってもいない答えが出てきて、自分でも驚いたりしました。
深く深く自分に向き合うような時間が流れた後、みょんみょんは
「殻が分厚くて、今は芯の部分まで触れないけれど、でもこの外側の部分だけでも取ってしまった方がいい。」
と言って、その殻をやぶる方法を教えてくれました。
その時、蓋を開けてもいないアロマの香りがふわっと立ち込めたり、色々不思議なことがあったのですが、すべて私が変わろうとしているのを後押ししてもらっているような、そんな心強い出来事でした。
みょんみょん曰く、
「いっぺんに殻が破れるんじゃないの。
小さな穴が開いたところから、玉ねぎの皮をむくみたいに少しずつめくれていくの。
でも一回むけ始めたら必ず変わるから。」
確かに毎日家で、教えてもらったことをやっていたのですが、劇的な変化を感じるということはありませんでした。
相変わらず母にはイライラさせられていたし、私がこんなに変わろうとしているのに、何も努力しない母が腹立たしく思えるくらい。(笑)
ただ、確かに玉ねぎの皮はむけていたんです。
自分にもわからないくらい薄く薄く。
ビリーフチェンジを受けてからしばらく経って、前にも増して自分を変えたいと思うようになりました。
というか、もうこの苦しい時間を終わらせたい、決着をつけたいと思うようになったんです。
不思議なことに、そうしないといけないと思うような出来事も次々に起こりました。
やっぱり私にとって悲しい寂しい出来事ばかりでした。
もうこんな思いをするのなら、人を信じたり心を開いたりするのはやめてしまおうと思ったりもしたけれど、前とは違ってそれが自分が引き起こしている現実だということをわかっていました。
そしてある時、ふと思ったんです。
例えば母があと20年、100歳まで生きたとして、私はこの気持ちをあと20年持ち続けるのか。
不謹慎な話だけれど、母が亡くなってやっとこの状態から解放されるとしたら、私はいくつになっているんだろう。
自分が70過ぎて解放されたとして、それで幸せなのかと。
いや、もう十分だと思いました。
私は私をもう自分の手で開放して幸せにしないといけない。
誰も私のことを幸せにはしない。
私が自分で自分を愛して幸せにしないと。
そう思ったら、あらゆるところでこうしろと命令されているようなものに出会い始めたんです。
例えば本。
私は去年一年、生活のリズムが変わったこともあって、あんなに大好きだった本を読む気にさえなれず、多分1冊も読んでいなかったのではないかと思います。
それが急に読みたいという衝動にかられ、本屋さんに行っていつものように気になったものを買ってきたら、国籍もばらばら、男女もばらばらの方が書いたものだったのにも関わらず、見事に全部同じことが書いてありました。
そしてその他に出会ったものも。
みんな同じことを言っていました。
そのキーワードは2つ。
1つはできる。
でももう1つがどうしてもできない。
それが私の最後の玉ねぎの皮でした。
つづく。