メッセージやメールでご相談くださる国際ロマンス詐欺被害者の方にも、私のブログ記事でも、いつも『詐欺師をブロックしてください』とアドバイスしています。本当にその通りになさる方もおられますが、そうできない方々もおられます。一度ブロックしても、再度ブロックを解いてしまう方もおられる。『ブロックしました』と仰るので信じていたら、しばらくしてから『詐欺師に脅されています、どうすればいいですか?』とご相談いただいたこともあります。話をよく聞くと、やはり言われた通りにブロックなさっていなかった。被害者の方々のお気持ちは分かりますが、結局は犯罪グループと繋がり続けることになんの益も得られないのです。
『XXXを見てはいけません』と言われると『見たくなるのが人の傾向』です。1980年に公開された米伊合作のローマ皇帝カリギュラの話を映画化した作品があまりにも過激な場面が多いため、上映地域が制限されたそうです。それがかえって人々の関心を引いたということから、「見るな」と言われるとかえって見たくなることを『カリギュラ効果』といいます。
『見てはいけない』と言われて『見てしまった』というお話は神話や伝説、昔話、宗教書などでいろいろ語られています。ここで宗教談義や比較文化論などを論じるつもりはなく、『なぜこの人は見てしまったのか』ということを『国際ロマンス詐欺の被害者』が『ブロックしてください』といわれても相手の詐欺師をなかなかブロックできなかったり、メールやメッセージを既読にしてしまうことに結び付けて考察しました。宗教的・文化的解釈や細かい意味合いではなく、「動機」に焦点を当てていますので、各ストーリーに伴う『教訓』とかについては詳しく触れません。今回はギリシャ神話のオルペウスです。
2) オルペウス…不安
Orpheus and Eurydice (1806) by Christian Gottlieb Kratzenstein, Ny Carlsberg Glyptotek, Copenhagen
物語:-------------------
オルペウスは竪琴の名手と言われたギリシャ神話に登場する男性です。実の父親がアポロンで、竪琴の腕前もアポロンから授けられたとされています。オルペウスの奏でる竪琴の音色は素晴らしく、動物や植物、岩などありとあらゆるものが聞きほれたといいます。オルペウスは竪琴の音色に惹かれた森の美しいニンフ、エウリディケを妻に迎えますが、エウリディケは毒蛇にかまれて死んでしまいます。
妻の突然の死に悲しみに沈んだオルペウスでしたが、冥界に妻を取り戻しに行く決意をします。彼の美しい竪琴に冥界の川の渡し守りも、番犬ケルベロスもうっとりしておとなしくなります。冥界の人々もその音色に感動します。そして冥界の王ハデスとその王妃ペルセポネの王座の前でも竪琴を奏で、エウリディケを還してほしいと懇願します。竪琴の音色に魅了されたペルセポネがハデスを説得し、そしてハデスはエウリディケを地上に戻すことを許します。しかし条件として、『冥界を出るまでは絶対に後ろを振り返らないように』との条件をつけてきます。
エウリディケを後ろに従わせ、目の前に光が見えて、あともう少しで冥界を抜け出せるというときに、オルペウスは不安に駆られ、妻が本当に後ろにいるのだろうかと確かめるために後ろを振り向きました。そして妻の姿を見たときが最後、妻はそのまま冥界の奥へと引き込まれていったのでした。
一人で地上に出たオルペウスは、女性を絶ち、オルペウス教を広めたといいます。そしてアポロンが最も偉大な神だと言ったことに激怒した酒と快楽の神ディオニソスは、女たちを仕掛けてオルペウスを襲わせ、女たちはオルペウスを八つ裂きにして川に遺体を捨てます。その首が流れ着いたのがレスボス島で、それゆえにレスボス島ではサッポーなどの優れた文人を輩出することになったのだそうです。
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オルペウスはなぜ後ろを振り返ってしまったのか…それは不安でした。
真っ暗な洞窟のようなところを歩いていることを想像してください。あなたは洞窟を抜け出す道を歩いています。すぐそこに明かりが見えてきた。しかし妻は一言もしゃべらない。本当に自分の後ろに愛するエウリディケがいるのだろうか。オルペウスは不安に駆られて後ろを振り返ります。
よく似た話にイザナギとイザナミの『国生み・神産み』の話があります。神話のモチーフとしては酷似している点が多くあり、その類似点・相違点を研究してゆくと比較文化の点で非常に面白いことがわかるでしょう。ここではオルペウスの「動機」とイザナギの「動機」は別のものとしてイザナギのお話は後日言及します。
国際ロマンス詐欺において、『詐欺師との接触を断って、ブロックして関わらないようにしてください』とアドバイスしてもなかなか聞けない被害者の方々がおられる背景にあるのが『不安』です。
『彼が(彼女が)もし詐欺師じゃなくて本物で、本当に戦地の野戦病院で瀕死の状態なのだとしたら…彼の子供が本当に乳母のいる国の病院で瀕死の状態なのだとしたら…送金しなかった自分はひどいことをしたことになる。』
『彼(彼女)にあなたは詐欺師だと言ってしまった。もし彼(彼女)が詐欺師ではなかったとしたら、私はひどいことを言って傷をつけてしまったことになる。』
『コンタクトを取ってきた宅配業者は本物? だとしたら私が送金を拒否して宅配業者を無視したら何か法に触れる結果にならないだろうか』
国際ロマンス詐欺の被害に遭った方は、相手との接触を断つことに不安を覚えます。詐欺ストーリーの中で起きていたことが現実なのか本当に嘘なのか、現実だったらどうしようと。
しかし不安のあまり後ろを振り返って不安の原因となっている出来事が本当なのかどうか確かめようとしても、問題の解決にはならないのです。詐欺師が作ったお話は全て偽物。病気の相手もいないし、瀕死の子供も存在しない。荷物も届くことはないし、その届かない荷物へのお金を払う必要もない。かえって、自分が途中で履行することを止めにしたことが原因で起きた架空の出来事(子供の死、荷物の差し押さえ、相手の逮捕など)で更に脅しをかけられる可能性もあるのです。
相手との接触を断つことに不安を感じたら…まっすぐ前に見える現実世界の光を見るようにすることです。前向きに現実世界を見るようにしてください。
次回は、別の動機で後ろを振り返ってしまった人のお話と行きましょう。
