2021年から

恋活に精を出して

男に愛されたい

をやり切った私。



ようやく、

その部分で安心できるようになって

ついに、お金のことを

直視できるようになってきました。

それまでは痛すぎて見れない見れない




こぴさんと春奈ちゃんの

お金コンサル受けました。


春奈ちゃんのブログ





そもそもは

いつもオンライン定例会をしてる

由香ちゃんのこの記事を見て

こぴさんのお金コンサルに

すごく興味を持っていたんだけど




なんと春奈ちゃんから

直接お声かけいただき

無料コンサルを受けさせていただきましたおねがい

紹介者のゆかちゃんも同席してくれたキラキラ






まずは、私のお金にまつわる遍歴について

書いてみたいと思います。







私は、幼少の頃から

家庭は特に裕福というわけではなかったけど

なぜか、親、親戚から

余るほどのお小遣いを与えられ続け

拒否しても受けとらされるような、

それ自体、虐待なんじゃないかと

思っていた時代もあったくらいで



一方で、

「あんた絶対将来お金に苦労するわ」

と呪縛をかけられるような、

でも、やっぱり愛情は

たっぷりかけて育ててもらうという

ちょっといびつな幼少時代を過ごした。



自分は恵まれているのは認めるけれど

恵まれている=苦労を知らない

人として未熟だ、

と言われているように

その頃の私には受け取れて

一度もお金に困ったことがないということが

コンプレックスでもあった。



そんなわけで、

結婚するまでは

お金のやりくりをしたことがなかったので

結婚した直後は、ちょっと緊張しながら

気を引き締めて、家計をやりくりしていた。



結婚してから、就活もしていたのだけど

すぐに第一子を授かったので

私はそのまま専業主婦となった。



それでも、夫婦二人の、もしくは

未就園の子が一人いるくらいでは

夫の一馬力でじゅうぶん回るくらいの状況で



当時、夫が残業のとても多い

部署にいたこともあり

月収は、新婚家庭にふさわしくないほどに多く



産後から、夫とはすれ違いが多くなり

満たされなさを感じていた私は

やがて、生活をひろげ、

欲しいものがあれば家計から出費して

お金で、バランスを取るようになっていった。



それでも家計が回っていた頃はよかったのだけど

そもそも、残業代を当てにした

やりくりだったので

ある時、残業代がほぼつかない部署に

異動になった途端

家計は不健全に傾いた。



さすがにまずいと、

12年間、専業主婦をしていた私も

パートに出るようになり

家計の立て直しを図ったけれど



所詮、最低賃金で働くパートの収入だけでは

とても、消えた残業代を

補填することはできなかった。



そうしているうちに

みるみる間に、家の貯金も目減りしていき

なんとかしようとはするものの



そのタイミングで、

それまで私のすることに

何も口出しをしなかった夫が

些細な買い物にも干渉してくるようになり

ますますストレスを溜め込んだ私は

さらに、お金でバランスを取ることしかできず



母に管理してもらっていた

独身時代の貯金や

さらには、子供貯金にまで手をつけて

散財を続けた。




そうして

夫に知られない部分でなんとかできる

お金も底をついて

以前に、利率がいいからと

夫の職場の金融商品に移すために夫に託した、

それまで私が管理していたお金も

下ろしてもらうよう言わざるを得なくなっていた。



そんなやりとりの中で

私はどんどん夫から信用を失っていき

ついに、6年前に、

家計管理を夫に渡すことになった。




一方で、なぜ私だけが悪いことになるのか

納得がいっていないのも事実だった。

どんなに家計が苦しくても

夫は自分の小遣いだけは確保して



私には節約しろとしつこく言ってくるくせに

電気代や水道代なども特に節約したり

固定費を見直したりする意識はなく

結局、やりくりは全部私かよ!と

心の中で悪態をつきまくっていた。



そうして、夫に家計が渡って数か月、

結局、夫も、

家計を黒字として回すことはできなかった。



そのとき、私は、

ようやく私の汚名が晴れたような

せいせいしたような気持ちになって

でも、ようやくここから

夫とわかりあって協力し合って

やっていける!とときめいた。



一度は、謝ってくれた夫だったけれど

そこからまた何年間か経過していって

主な家計管理は夫のままだったけれど

私は、二人でやっているようなつもりで



また、ある程度自分の感覚で

必要なお金は使うようになっていった。



それでも、私としたら

まったく自由に使えている感覚はなく

そのうちに、

いつのまにかまた、

私だけが悪いような雰囲気になっているのも

どこかで、嫌だなと思っていた。



そもそもが、

夫が必要だと思うものと

私が必要だと思うものにも乖離があるので

どうしても、わかり合えなさは拭えない。



それでもその間、大きな衝突はなく

夫も、以前ほどは口出しをしてくることもなく

なんとなく、穏やかに過ぎていった。



しかし、一昨年に娘が大学に進学してからは

当然のようにお金の動きが大きくなり

かけていた学資保険が下りたのもあって

一時的に、普通預金に

ある程度のお金があるようになった。



そうすると、それまで抑えていた反動で

私もまた少しずつ羽振りが大きくなり

今思えば、

夫はそれを全く良く思っていなかった

にもかかわらず

一定期間、見て見ぬふりをしていた。



そして、昨年、

私がそのとき取り組んでいた事業に

注ぎ込むために

数か月にわたって、家計から出費した瞬間に



夫の堪忍袋の尾が切れて

それまで、ゆるっと自由にできていた家計を

全く触れないようにされてしまった。



夫からしたら

積もり積もったものがついに限界に達して、

ということだとは思うけれど

こちらからしたら

青天の霹靂。




最初から言え〜〜〜真顔チーンチーン


溜める前に言え〜〜〜〜ムキー炎ムカムカムカムカムカムカ



そんなことになるとは

これっぽっちも予想していないので

当然、蓄えもない。

月々、定額は生活費として渡してくれてはいたが

それではとても足りず

たちまち、困窮することになった。



2年前に手術をしてから

体調が思わしくなく

パートも辞めていた状態だったけれど

また再び、パートに出るようになり



切り詰められるところは切り詰めて

欲に蓋をして

通院などで街に出ても

何も見ないように真っ直ぐ帰宅した。



家計簿もつけ始めて収支を見てみたけれど

かなり節約もして

どこにも出かけないで

じっと家にいる状態でも

だいたい月5万の赤字。

少しゆるめようもんなら

あっさりと10万の赤字が出る。



どうしても回らない分は

母に工面してもらったりもしたけれど

正直、母も余裕がある状態ではない。




どこにも蓄えはない。

もう、夫にも言えない。

母にも言えない。





つづく