今日、
あたしって、まためっちゃ拗ねてたやん
と気づくことがあって
もう、やだぁぁぁぁーーーーーー
まあまた、めげずに
ここからやり直していきますよ…。
昨日の記事にいいねくださった方
ありがとうございますごめんなさい
一旦アーカイブしました
また、時がきたら
アップするかもです。。
うたおりアワーLIVEを迎えるにあたり
炙り出されたものは
お金のこと。
お金だけじゃなくて
お金と人間関係が
巧妙に絡まり合っている。
私は、子どもの頃の環境により
大人になるまで
お金に苦労したことがなかった。
別に、実家がお金持ちでも
なんでもなかったのだけど
要ると言えば必要なだけもらえたし
それ以前に
必要だとなる前に
過剰に与えられていたような
子ども時代だった。
だから
常にお金は私のまわりにあったし
お金のために何かを諦めた経験もない。
とても恵まれていたとは思う。
けれど、
私は、いつからか
欲求不満や満たされなさを
お金で埋めるようになっていた。
いつからだったのだろう。
当時は、全くその自覚はなかったけれど
小遣いを与えられ始める時期に
欲しがらないことを怒られたりしていたので
しょっちゅう買ってもらってるし
今はもう、欲しい物ないと言うと
怒り出すような祖母だった笑
大好きだったけどね
初っ端から、歪んでいたのかもしれない。
気持ちの良いお金の
使い方をしていた経験が
そもそもないのかもしれないけど
寂しさや悲しみを感じていたと
気づく暇もないくらい、
そういった感情が湧いた瞬間に
そこにお金があったから
無意識に、超自然に、
それで紛らわせた。
だから
何不自由なく豊かに育てられたと、
思っていた。
けれど、
その癖に気付かないまま
結婚をした私は
結婚後も同じようにお金を使った。
最初こそ、
ラブラブで幸せな新婚生活だったけど
結婚後すぐに授かった第一子の出産後に
夫とはすれ違いまくり
上手くいかなさに悲しみを抱えていたが
それでも、当時、
小さな未就園児一人のみ抱えた
核家族には十分過ぎるほどの収入が
夫にはあったので
私は、
すれ違いの悲しみを
夫との間で解消する努力をする代わりに
「いいことは何も言ってくれないし
何考えてるのかはわからないけど
私のやることに何も言わないでいてくれて
この生活レベルなら、ま、いっか」
と、巧妙に不満をもみ消した。
そうやってバランスを取っていた私に
試練がやってきたのは
夫の部署異動で
一時的に、ガクッと収入が下がったとき。
家計を任されていた私は
途端に生活費を回せなくなり
自分も、10年以上専業主婦だったところ
初めてパートに出たりもした。
それでも、その差額はとても
埋められるものではなく
やがて、私が自由にできる蓄えを
あっという間に使い果たし
おずおずと、預金を管理する夫に
お金を下ろして欲しいと
願い出ること数回…。
ついに、夫の堪忍袋の尾が切れて
私は、信用を失うと共に
家計管理は、夫に渡った。
それからも
家計の負担をどうするかの
すったもんだを経て
今は、一定の生活費をもらって
その足らずは
自分でなんとかする、という
ざっくりとした形になっていた。
私は、何度か転職を繰り返しながら
パート収入で賄ったり
一年前には病気をして退職した後は
その入院給付金で賄ったりしていた。
しかし、ついにそれも底をつき
最後にパートを辞めた時に
雇われはもう無理かもしれない
と思ったことで
ビジネスで何とかしようとするも
動けない、動けたとしても、
すぐには稼げない自分に向き合わざるを得ず
ここ数か月は
極力、支出を抑えた生活をしていた。
“お金を潤沢に使うこと” こそが
私の癒しで、慰みで、
「節約」なんて、死んでもしたくないと
思っていたけれど
“歌” という、
本当にやりたいことを始められたことで
真に満たされた私は
「節約」が、以前ほど苦痛ではなく
予想だにしなかったことが、
お金をかけなくても
生活が満ち満ちて至福を感じる瞬間を
何度も経験するという
思いもよらない気づきを得たりして
少しずつ、少しずつ
変わっていった。
同時に、
母との関係にも
お金は絡んでいて
詳細は避けたいが
あると思わされていたお金が
実は、泡銭だった…ということが
ライブの準備も佳境に入る頃明らかになり
そこでも
その金をアテにしていた自分を
思い知らされる羽目になり
もう、これ以上
家のお金を使い込みたくはない
けれど、たちまち必要なお金はあって
まあ、いざとなれば
母が言っていたあのお金があるから…
と、無意識に考えていた
自分の中の甘えと
算段の杜撰さに気づいて
気が遠くなるようだった。
お金で夫との関係性のバランスを
取っていた私。
お金で娘の関心を引き付けておきたかった
母の悲しさ。
お金というものを介して
なんとか維持してきた人間関係が
一気に変化するときだった。
金はない。
それでも、愛するか?
と、突きつけられたと思った。
その答えは
今ははっきりとは言えないけれど
ここを超えたその先に
今世、本当に学びたかったことが
あるのだろうと思っている。
今まで、ひとの愛を
お金でしか測れなかった私。
そんな可哀想な自分にも気づかず
50年近く経ってしまったけれど
今、自分の本当の望みに向き合うことで
変化するチャンスを与えられている。
そのことが
とてつもなく有り難く
お金とは
何と愛おしいものかと思っている。














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ちょっとカッコよく書きすぎだけどね


ほんとはそんな綺麗なモンじゃないよ…
ドロドロとした自分を見つめなければならない
長年誤魔化してきたことに向き合うって
ほんとに、死にそう…
笑
でも、なんか今は
明るい希望が見えてる。
なんとかなりそうかも?と思えてる。
もしかしたらまた
一悶着ニ悶着あるのかもしれないけど
その都度
ギャーギャー言いながら
この短い生を最大に味わって
生きていこうと思っています
ヨロピコ


