2011.03.11


10年前の、あの日。

親友とディズニーに行こうと、前々から決めていた日でした。
ずっと楽しみにしていたのですが、11日は親友の弟の卒業式の日だったので、
予定を変えて9日に行きました。
その日は少しみぞれのような天気で寒かったけれど、行くことにしました。
私の誕生日は2月、親友の誕生日は3月。
ヴェネツィアン・ゴンドラにて
キャストさんがバースデーソングを歌ってくれて
私は1ヶ月遅れの、そして親友は少し早い誕生日をお祝いしてもらったことを覚えています。

そして11日。
学校も春休みで、アルバイトもお休みで
家にいた時、ものすごい揺れに襲われました。
本棚は倒れ、部屋の中はぐちゃぐちゃに。
テレビをつけても、何がなんだかわからなくて
そのあとにすごい津波がきて、
大変なことになったと思った。

あの日、ディズニーに行っていたら
どうなっていたのだろうと、今でも思います。
とても忘れられない日になりました。
何かに守られたのだと、そう思った。
もしかしたらおばあちゃんが守ってくれたのかもしれません。


私は当時ホームセンターと飲食店で仕事をしていて、
飲食店は、奇跡的にお皿ひとつ割れていませんでした。
あの揺れで何も被害がないなんて、奇跡的としか言いようがない。
ホームセンターは、お客さまで大混乱。
数日後には、福島県から逃げてきたという人も買い物に来ていた。
みんなパニックになっていて、
あんな中でも仕事に行って、
出勤して一番最初に目に飛び込んで来た
ホワイトボードに書いてあった言葉

“お客様が焦っています。我々はプロですよ!

それは当時の店長の、直筆の言葉でした。

お客さまがパニックに陥っているを
大混乱の中、怒鳴ったりされるかもしれない。
どんな大変な状況であっても
落ち着いて、出来る限りの対応をすること
それがプロです。
そしてプロとは“自分以外の誰か”ではなく
自分自身であることを自覚してください

というものでした。

帰れない人もたくさんいて、
会社に泊まり込んで働いてる人もいました。


あの日から、10年。


過去から学び、未来へ教訓を生かすこと


東日本大震災の時はホームセンター
コロナの今では、スーパーマーケット

私はあの時も現在も、
どんな時でも
ライフラインとして求められる仕事についています

大変な時に、人様を守る仕事をすること
これは私の天命なのかもしれません。

私には、ずっと計画していることがあります

きもの専門の練習場、着付け場所を作ること。
そして緊急時、会社の人たちなどが帰宅困難になった時には
練習場を一時的に避難できる場所として使えるようにすること




災害は避けることが出来ないけれど、
被害を少なくするようにする減災
備えて危険を予防する防災
このふたつは前もって出来ることです
と、以前テレビでも言っていました

この前も夜大きな地震がありました
また地震が来ない根拠などひとつもありません
何かあってからでは遅いのです
少しずつでも 備えようと思います

この計画がいつになるかわかりませんが
今年中には実現したいと思う
今日この頃です