私がきものの世界に飛び込み、早くも7年が過ぎようとしています。
きものを始めたのは、本当にひょんなきっかけでした。
ですが、この決断は私の人生を大きく変えることとなります。
着付けを始めた当初は、仕事が本当に忙しく
のんびり学んでいました。
そして今年も成人式のお手伝いをさせていただきましたが、
自分の技術のなさに情けなくなり
今週からさっそく、来年の成人式に向けて練習を開始しました。
振袖の帯結びや帯揚げのアレンジなどを
ネットでいろいろと検索していたときのことでした。
あるひとつの記事が目に止まったのです。
「津波で失った娘に振袖を」
という記事でした。
2014年、岩手県、陸前高田市
振袖姿の新成人の手には、遺影がありました。
東日本大震災で亡くなった、同級生の女の子のお写真。
そのお写真に写っているお嬢さまは、とても可愛らしいピンク色の振袖を着て笑っています。
彼女は東日本大震災で、17歳の若さで帰らぬ人に。
本来であれば晴れ着を着て迎えるはずだった成人の日に、お父様が「娘に晴れ着を着せてあげたい」と、
写真を合成して、振袖姿の写真をご準備されたそうです。
本来であれば、見れるはずだったお嬢さまの振袖姿は、
叶わなくなってしまった。
「本当に成人式の前撮りみたい」だと、お父様はおっしゃっていました。
この記事を見たときに、
「成人式で振袖を着ること」
その意味を深く考えさせられました。
成人した記念に振袖を着ることは、ご本人も嬉しいことでしょう。
それと同時に、20年間懸命に育ててこられたお子さまの晴れ姿を見ることが、
親にとってどれほど幸せで、どれほど大切なことなのか、
日本が大切にしてきたこの儀式が、どれほど重要な文化であるのか。
私はきものを着る機会が多く、今までたくさんの舞台に上がらせていただきました。
私にとっては、1年間に何回も振袖を着ることもあり、きものを着ることは決して珍しいことでも、特別なことでもありません。
ですが、成人式は、一生に一度だけです。
成人式が終われば、二度ときものを着ることがない人もいるかもしれない。
着付け師とは、なんて意義深い仕事なのだろうと思ったのです。
私も短大の卒業式の時、袴を着るか悩みました。
貸衣装は、決して安い値段ではありません。
しかし一生に一度だと思い、卒業式の3日前にやっぱり袴を着ようと決めて、昔から家族で通っていた美容室の先生に貸衣装の手配をしていただき、自分のアルバイト代で払いました。
当日、美容師さんに支度をしてもらい、
私の袴姿を見た母は、美容室で泣きました。
それを忘れることはありません。
「着付け師」という仕事は、人生の門出を飾る仕事です。
成人式に限ることなく、卒業式、結婚式など、様々なお祝い事に着るからこその「晴れ着」であり、「晴れ姿」であること。
だからこそ、この仕事は
中途半端な知識と技術と心構えで行ってはいけないものなのだと、改めて強く思い知らされました。
コロナで成人式がなくなってしまった方もたくさんいると思います。
私も出来る限りのお手伝いはさせていただきたいと思い、いろいろな案を考えています。
新成人の皆さま、
そしてこれから成人を迎える皆さま、
親御さんに、ご家族に、晴れ姿を見せてあげてください。
私は来年の成人式に向けて、練習を重ねます。
1日も早く、高い確かな技術を身につけて、
プライドを持って仕事をしたいと思います。
来年は、コロナが終息し
みんなで成人のお祝いが出来ることを
心から祈るばかりです。