新月の祷り~岐阜にて~ | センス・オブ・ワンダーな ママ シャイニングムーン

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神秘さや不思議さに目を見張る心「センス・オブ・ワンダー」が、
いつまでも失われませんように~
地球や生命の美しさを見て、聞いて、触れて、嗅いで、
感じることの喜びを失わないで~レイチェル・カーソン

新月の祷り~岐阜にて

岐阜の白鳥へ向かう道中、パーキングから諏訪湖にご挨拶。


そこから、とても美しく、気持ちの良い景色がつづく。

気になるところが、つぎつぎと。


長い道のりなので、天候が変わること。

祷りの時、雨でなければ嬉しいけど。

ドラムは完全に湿気で音が鈍い。

何とかドラムを叩きたいので、車の中で乾燥させていたが、やはり、着いた時には小雨が。

その上、祷りの場所が勢いのある流れの川に建つ貴船神社の本殿前。


そのお社を見た瞬間、足がすくむ。
この時間、ここで、行って良いのだろうか?


出来れば、やめましょう、とも考えた。

暗くなった足元を、小さな光で照して下さっている。感謝。

お社の数段の階段に、ロウソクを灯した時、お花も飾って下さい、と、聴こえた。

女性なのだと、分かった。


飾り終わった途端、ドラムを叩いてみると、こんなに湿気ているのに、なんの影響も受けていない❗

すぐさま、ドラムを叩いた。

皆さんには申し訳なかったのだが、そのまま叩く必要があったので、いきなり始めてしまった。

ドラムはどんどん激しくなる。
ただただ、ドラムに任せる。
この時、「私」ではない。

ドラムには命があり、無であり、真のヒーラーとなる。

私も無になり、叩くに任せる。
その時、ふぅ~と、現れる。

そうでしたか、、、、と。

詳細は書けないけど、この時を待っていた。それは、途方もなく長い時だった、と。

叩きつづける私の左方向に、二筋の光が走るのが目に入った。

ありがとう~ありがとう~、と。

ドラムを叩く手の力が抜けていく。

すべて、終わった。
これで、よし、、、、

ご挨拶をして終わってから、あの光の事を伺うと、螢が二匹、飛んでいった、と。

螢となって、示して下さった。

側にいた方が、その時、すぅーと何かが通ったのを感じた、と。

待っていて下さったのですね。
この日、この時を。


必要でその地に行く事になるのは、分かっているのですが、それについて調べたり、詮索したりはしない。

何故なら、知識が邪魔をして、真なるところが消されてしまう。自分で知識を優先して、決めつけてしまう。

だから、「無」である事がとても大事なのです。


長い人生で、様々な体験、経験をし、時に、焦ったり、惑わされたり、多くの事を学ばせて頂きました。

最終段階に来ると、全て、必要ない。

あれもこれも、誰かが作った事に、いつの間にかそれこそが正しいと、思い込んでしまう。

好きで楽しいからしている事はまた、それで良いと思うが、視野を狭くして行くのは、自分をも縛りつけてしまう、と。

歳を重ねるとは、とても素晴らしく、ありがたいと、最近、特におもう。笑。

す
山姥になるまでは、沢山の失敗をするといい。気になる事はやってみるといい。

山姥になる頃には、「無」である事の重要性に行き着くだろうから。

話を新月の祷りに戻して、
地元の若い方達が数人、参加して下さった。ありがとうございました。

最後に全員で
輪になり、手を繋ぎ愛を送り合う。

そして、両手をあげて、羽衣を天へと飛ばす。女性の解放ですかね。

エアー羽衣が、天を舞う~

この地に、この地の神々さまに、精霊さん達に、何層にも重なる祖先達の御霊に、ありがとうございました🙇

追記~
この日は、奈良さんとマキさんのイベントが行われ、参加した皆さんがとても感動していました。
私達は、終わった後に着いたのですが、お二人も祷りを共にして下さり、あらためて、感謝致します。

そして、長い道のりをずっと運転して下さった華祥さんに、心から感謝致します。ありがとうございました🙇
この地に繋いだのも、華祥さんでした。

六里ノ里の皆様、ありがとうございました🙇ご縁に、感謝致します🙇

ホー·ミタクエオヤシン🌿