新聞は事実を無視して、うまくねじ曲げて、原爆の真相を伝えていない事が明らかです。

広島ドームの当時の様子

以下の記事の中に


大戦末期に紫電改の剣部隊に配属されていた、本田稔少尉の話。


やがて市中心部に真っ白な煙が上がり、その中心は赤黒く見えた。白い煙は猛烈な勢いで上昇し、巨大なきのこ雲になった。

原爆で破壊された広島市中心部をとらえた貴重な写真㊦(昭和20年10月・林重男氏撮影、広島平和記念資料館提供)と、被爆70年を経た現在の広島㊤。木々が生い茂りビルが林立する中に、原爆ドームが静かに歴史を記録している

 「弾薬庫か何かの大爆発が起きたのか?」

 そう思った本田は大村基地に到着後、司令部に事実をありのまま報告したが、司令部も何が起きたのか、分からない状態だった。

 正体は原子爆弾だった。

ここからが捏造されています。

米軍B29爆撃機「エノラゲイ」は高度9600メートルでウラン型原爆「リトルボーイ」を投下、急旋回して逃げ去った。

 午前8時15分、リトルボーイは地上600メートルで炸裂した。閃光、熱線に続き、超音速の爆風が発生した。


実は本田稔少尉が残した手記に依ると、
その時間の広島上空は青空で晴れ渡り、B29などは一機も飛んでいなかったと記されている。

色々な当時の原子爆弾の写真だが、リトルボーイはダミーであり、いくら大型な爆撃機でも搭載出来るような大きさでは無く、船ならやっと
積み込める巨大さであったという。

詰まり、原爆を落としたのでは無く、川から爆発させたという事になる。

アメリカと日本は協力して、原爆の真実を隠したのが正しいと言えるでしょう。