真珠湾奇襲攻撃の真相


アメリカ機密公文書にはトップシークレット扱いのランクの物が存在していて、それを公開するには30年のちで良いとされる。

しかし、それ以上のウルトラ.トップシークレット!公文書があり、戦後実に60年を経て公開された物があった。

それが大平洋戦争の日本の騙し討ちとされた
真珠湾奇襲攻撃です。

1941年の真珠湾攻撃の当時、アメリカの宗主国であるイギリスはドイツによる攻撃で降参寸前でした。

イギリスの首相チャーチルはルーズベルトにアメリカの戦争への参戦を促します。

フランクリン.ルーズベルト大統領

アメリカはヨーロッパでの戦争には参加したくない国民が9割もいて普通では参戦は無理であった。

丁度ルーズベルト家は日本と戦争をしている中国に利権があり、中国を救う為にも日本から戦争を仕掛けさせる必要がありました。

また、国内のニューディール政策も失敗していて、
(ニューディール政策で景気回復は教科書の嘘)
国内の景気を回復させるには、無限の消費と生産を行う戦争が必要だったのです。

アメリカの日本への要求は

日本の中国からの軍隊の全面撤退


日本は国内経済が低迷していて、中国での商売が無いと成り立たない状態で、中国在住の日本人を守るのに軍隊の駐留は不可避でした。
ですから日本政府は絶対に飲めない条件です。

さらに、日本への石油と鉄の禁輸措置が決定的でした。日本は資源確保の為、南印に侵攻して資源確保をせざるを得なかった。

その事が益々アメリカの逆鱗に触れます。

日本は戦争回避の努力をアメリカとの交渉で続けますが、ルーズベルトは戦争をさせるように仕向けたいのです。



日本政府は生き延びる為に止む負えず開戦を決定し、最後通牒をアメリカの野村、来栖大使宛てに暗号打電します。この暗号文はアメリカに解読されてはいた。

真珠湾奇襲攻撃の前日に送った電報は全部で14ページありましたが、13枚目までは届いたが、最後の肝心の宣戦布告の部分がなかなか届かない。

遅いので一旦野村大使は自宅に帰ってしまった。

その暫く後に14枚目の宣戦布告文書が届くのです。

翌日、アメリカ時間の午前7時までに届ければ騙し討ちには成らなかったが、大使は奇襲攻撃を聞かされていなかったので、念入りに文書作成させていて遅れてしまった。



日本政府のミスだとアメリカ公文書にも秘匿されていた。

それをルーズベルト大統領は、あたかも日本が卑怯な騙し討ちをパールハーバーで行ったと演説し、
アメリカ議会を騙し、アメリカの罪も無い若者を
しなくても良かった戦地へ送り込むのであった。

それに日本艦隊がパールハーバーに向かっていた情報を知っていたのです。

ルーズベルト大統領の言葉

世の中には事件や戦争が起きているが、
必ず裏にはそれを起こす必然的な意図が
存在しているのだ。