今日は私から昨年の12月にドテラを受け取ってくれた今では大事なお友達のなっちゃんのお話。
喘息で学校を休みがちだった息子くんのため、お薬を使いながらもなにか家でできることがあれば・・・という思いでドテラをはじめることに。
子どもが入院するほど具合が悪いとき、親は変わってあげたいと思う。
苦しんでいるなら、それをいますぐ楽にしてあげたいと思う。
どんな方法であっても、いくらお金を払っても、子どもには元気でいてほしいと思うのが親だよね。
すぐに医者に連れて行くのも親の愛、楽にしてあげたいのも親の愛、全部全部間違ってない。
でもはたして薬で本当によくなっているの?
医者と薬がなんでもどうにかしてくれるのかな?
みんな元気なときは忘れてる。
でも体調をくずしたときには、あぁ、こうゆうときドテラがあったらなにか変わったのかなって思ったことない?
私もドテラを始める前よく思ってたよ。
医療はもちろん必要です。
でも不調で困っている人にとって症状をコントロールすることしかできない薬と医者の話より、当事者意識で本気で悩み続けて改善した人たちの経験談の方がよっぽど参考になると思ってる。(もちろん西洋医学の医者の中でも根本治療を指導してくれる方はいると思いますが)
実際自分が病気になったら同じ病気を克服した人の経験談を知りたいって、ブログ書いてる人いないかな、とか調べるでしょ。
なっちゃんの息子くんの喘息の記録、自分や家族の喘息で悩んでる人がいたら読んで欲しいし、周りでそういう人がいたらこの記事を見せて欲しい。
こんな選択肢もあるんだって知って欲しい。
先に言っておきたいのは、不調が起きたときのためのドテラ、というのは違います。ミネラルもオイルも薬ではないです。医療行為でもない。
医者にしかできないことがあります。
でもお母さんにしかできないこともあります。
食べ物で治せない病気は医者でも治せないという言葉があるように、医療には限界があるんだよね。
1歳半
くらいから風邪をひくと強い咳が出て長引くようになった。
飲み薬だけじゃなく吸入薬を処方されるようになり
春、秋、冬は毎月病院に行くようになった。
3日間くらい吸入すればピークは過ぎるけど、咳が完全になくなるまでは10日〜2週間くらいかかっていた
咳だけで済む時もあれば、熱が出る時もあって、熱が出る時はだいたいクループになっていた。
鼻水が出て咳になる時と
咳だけがひどい、熱が出る時とちょっと症状は違うのに、いつも気管支炎って言われていた。
2歳
少し外に出たくて、働きたくて
2歳1ヶ月の時に、週に2日5時間くらい保育園に預けた
そしたら案の定すぐに体調を崩してしまって祖父母に協力してもらったりなんとかやり過ごしていたけど、完全に治らないまま登園したりしていたら
2歳2ヶ月で入院することになった
クループ、RSウィルス、急性中耳炎を併発して5日間の入院
その時にもう仕事はできないなって思った。
その後もほぼ毎月病院に行っていて
2歳3ヶ月ではじめて頓服でデカドロンを処方された
強い薬だと説明を受けたから飲ませるのはちょっと怖かったけど、酸素濃度も低くなってしまった時は頼るしかなかった。
吸入と飲み薬だけでは症状が治らない時が増えてきて時々、デカドロンを飲むようになった。
病院に連れて行くまでにひどくなってしまうとかわいそうだからって
家に吸入薬、咳鼻痰の薬を置いておくように言われ、ちょっと怪しい咳だなって時や夜にひどくなってしまった時でも薬を飲ませてあげることができた。
薬に対する抵抗感はほとんどなくなっていた。デカドロン飲ませなきゃ息子は寝られない、なんて思うほど私は薬を頼りにしていた
夏は風邪をひくこともほとんどなくて7月,8月は病院にも行かず元気に過ごせても、秋から冬、春はしょっちゅう体調を崩していた。
ごはんは何でもよく食べ、外遊びも好きで一見元気な子なんだけど、咳が出ると食べれなくなって吐いてしまって…もともと細い身体なのにもっと細くなってしまったような気がしていた。
また風邪引いたの?
また痩せたねって、よく義理母に言われてて、すごく嫌だった。
この頃主人が転勤になり、単身赴任生活をすることになった。
私は二人目を妊娠していた。
2歳7ヶ月の時にヒトメタニューモウィルスにかかった。連休中でかかりつけの病院に行けなかったから休日当番医に行ったら、そこであれこれ栄養の話をされた。
2800gぐらいで生まれたのも特別小さいとおもってなかったけど、3000g未満で生まれたのは妊娠中からの栄養状態が悪かったからこの子はこういう体質になったって怒られた。
ショックだった。
体質改善をするようにと言われて薬と一緒に他にもビタミン、鉄剤を飲ませるように処方された。
毎食大量の薬とサプリメントのようなものを、そのままだと飲めないからジュースに混ぜて飲ませてた。
しばらくその病院に通ったけど、嫌がる息子に大量の薬やサプリメントを飲ませることも、それだけでお腹いっぱいになってしまうことも、薬のために毎日ジュースを飲ませるのも嫌になって、かかりつけ医に相談した。
そんなの飲ませなくていいって、体質改善なんて簡単にはできないって言われて、やめることにした。
何が正しいのかわからなかった。
3歳
息子が3歳の時に妹が生まれた。
産後は病院に行くのも大変だからと多めに薬をもらっておいた。
お薬手帳を見ると赤ちゃんのお世話と息子の看病を同時にしていたみたいだけど、今は全然覚えていない。とにかく大変だったのかな、記憶がない。
覚えているのは夜、外は雪が降っていて、息子の状態は良くない、娘は寝ている…
この苦しそうな咳が薬を飲んでも治らなかったら夜間の救急病院に行かなきゃ、ひとりでどうしようって不安になってた夜が何度もあったこと。
今でも思い出したら怖くなる。
春になって入園する頃にコロナが大流行して入園して間も無くすぐに休園になった。
喘息とか持病を持つ子は重症化するって聞いて怖くなり、免疫力をあげようと毎日ヨーグルト食べさせたり、納豆粉を摂らせたり加工肉をやめたり、娘の離乳食がはじまったのを機にゆるくなっていた食生活を見直した。
4歳
になり自転車に乗っていた時に転んで腕を骨折した。手術で骨をつなぎ合わせなきなならなくて、骨がくっついた後にはワイヤーみたいなのを取る手術をしなきゃならなかった。
わたしが娘を連れて付き添い入院をすることはできず、父親の都合と先生の予定で決められた入院手術日、その頃にも息子は体調を崩していた。
コロナのこともあって整形外科の先生は咳が出てたら手術できないって言っていて、体調が万全ではないけどどうにか手術前の日に入院はしたけど、手術できるか当日までわからないって言われていた。
どうにか咳がおさまるようにって神様にお願いした。
こういうことは何度もあって、薬を飲ませてもあとわたしができることは願うことだけ。
なんて無力なんだろうって思っていた。
次の日手術できるよって言われて本当に嬉しかったのを覚えている。
年中組
になっても相変わらず…
この頃喘息って診断されて、やっぱりって思ったけど、喘息って珍しいものでもないし、薬飲んでれば大丈夫なんだろなって思ってた。
毎日の予防のための飲み薬と吸入、様子によって吸入の回数を増やすように指示された。
喘息を調べると、息子の様子とはちょっと違うような気がしていた。
喘鳴っていわれるような音は聞いたことないし、走ったからって咳が出る訳でもない、気圧の変化も関係ないみたい…アレルギー検査をしたら、ダニとホコリに反応したけど、そんなに強くはなかった。
季節の変わり目、寒暖差がある時期は酷くなりやすかった。
この頃はピークは3日間、怪しい咳が出始めたと思ったら悪化を止めることはできずどんどん酷くなり寝入り、夜中、明け方の咳でろくに寝られない。その後3〜5日ぐらいかけて回復していき、咳が出なくなるのは10日〜2週間くらい。
完全に咳が治るのを待っていたらいつまで経っても登園なんてできなくて、ピークを過ぎてごはんも食べれる寝られるようになったら登園させるようにしていた。
私も寝不足になり、下の子の世話も家事もままならない、咳のひどい息子に少しでも食べられるものを作る、買い物にも行かれない食べたいものも食べられないやりたいこともできない・・・看病中心の数日が辛かった。
5歳の秋
デカドロンを毎週飲まなきゃならない状態で、
前は2日間3回分の処方だったのに、3日間5回分処方されるようになり、強い薬だからこれが限界って言われたけど、これで良くならなかったらどうしたらいいいのって思う程不安になっていた。
なるべく薬に頼りたくないって思う気持ちはほとんどなくなっていたけど、
さすがに毎週デカドロン飲ませてて大丈夫なのかなって心配ではあった。
でも、飲まなきゃおさまらなくて、寝られないし食べれない。
だったら飲ませるしかない、って思うことにした。
5回分飲まなきゃおさまらない状態がほとんどだった。
薬に頼ってでも普通に登園させてあげたいって、周りの子と同じように今しかできない経験をさせてあげたいと思う気持ちの方が強かった。
その頃ネットでいろんな情報を探しまくっていた。小児喘息の治療薬のこと、咳喘息、気管支炎、楽にする方法、のどにいいもの、いろんなことを調べて
取り入れられるものを取り入れていた。
加湿をして毎日掃除して布団乾燥機とクリーナーでダニ退治、マヌカハニーを舐めさせたり、咳止めたんきり飴、のどスプレー、ヴィックスベポラップ、れんこん粉や葛湯、重ね煮調理…できる限りのことを取り入れてきた。
ほぼワンオペでこの生活は大変だったけど、やるしかなかった。
ヴィックスベポラップのスーッとした香りが喉や鼻にいいってことは、アロマか?と、ふと思って、アロマのことを検索しまくっていた時にAmazonで「イージーエア」にたどり着いた。
レビューに咳が楽になる、って書いてあって、結局はそれだけの情報しかわからず、値段もAmazonだと5000円くらい…
何がなんだかわからないものに5000円出す勇気がなくてその時はやめた。
年長組
になって幼稚園最後の一年、行事はもちろん残りわずかな園生活を毎日元気に登園させてあげたい、と思って体調管理にプレッシャーを感じていた。
春はやっぱり不安定で、症状もひどくなりやすかった。吸入しても治らず、デカドロンを飲ませても落ち着かない。
早くラクにさせてあげたい、次の吸入までの数時間何かできないかなって、また検索魔になって、ついにAmazonでイージーエアを買った。
どうやって使うのかもわからなかったからティッシュに垂らしてベッドサイドにぶら下げていた。なんとなく咳が落ちつくような気がしたけど、よくわからないけど香りもよかったから毎日寝る前にはティッシュに垂らしていた。
咳がひどい時には息子のパジャマの胸元に垂らしたりして、なんとなくいいような気がしていた。(今思うとかなりちゃんと使えてなくてもったいない)
年長組のお楽しみイベントが9月に行われることがわかって、絶対に行かせてあげたいって思ったものの、例年9月はいちばんしんどい月だった。
9月生まれの息子にとっては嬉しい楽しい月なはずなのに、季節の変わり目気温差がはげしいこの時期は体調を崩しやすかった。
毎年の園のお誕生会も、行けるかなっていつもプレッシャーに感じていた。
休んだって来月お祝いしてもらえるけど、来月もダメだったら?って思う程、秋は最悪だった…
やはり咳が出て、熱も出て、お楽しみイベントは行かれなかった。
行かれないどころか状態が悪く病院に行ったらヒトメタニューモウィルスにかかっていて入院になった。
退院後は娘の七五三の撮影があり、予定通り行ったが痩せた息子とやつれた顔の私と主人、その横で嬉しそうな娘の姿、複雑な写真が撮れた。
回復までのスピードは上がっていたけれど、まだ休みがちで一度休むと4、5日は行かれない日々を送っていた。
卒園間近にクラスにインフルエンザが大流行して、
園生活最後の最後まで体調管理のプレッシャーがつきまとって不安で心がおかしくなりそうだった。
入学してからも息子はダントツで休みがちで、
遠足も運動会も、私はすごいプレッシャーに感じていたし、用心深く生活…内心周りの子が強くてうらやましかった。
休みがちだったから余計に学校生活に慣れるのにも時間がかかって、親子で不安になっていた。
毎日泣きそうな顔で登校する息子になんて声をかけていいのかわからない、元気なら学校行かなきゃ!って本人の気持ちに寄り添うこともできずに、背中を押しまくっていた。
息子の不安な気持ちを受け止めることも、自分の気持ちを消化するのも全部ひとりでやらなきゃならなくて苦しかった。
この頃は怪しい咳が出ると、まただ…って一気に気持ちが落ちてしまい、優しい言葉をかける余裕も無くなっていた。
体調を崩せば授業を休んでその分家でやらなきゃならない、自分の予定も全部キャンセル、週末も家で大人しくしてなきゃな、娘にもうつるかもしれない…なんて辛いのは本人なのに、余計なことを考えてしまって優しくなれなくて、早くこれ飲んでって薬を出すだけ…
この頃の私は優しくなれないお母さん、
心がおかしくなっていた。
また元気になれば自分も元通りになれるけど、定期的に来る体調不良に家族みんなが振り回されて疲弊していた。
1年生の夏
たかちゃんがインスタでドテラのことを発信した。
あれだ!と思って勇気を出してDMした。
結婚式の情報はもちろん、育児グッズまで、徹底的に調べてくれたブログをずっと見ていたし、使ってみて実際よかったと思うことがたくさんあって、信頼していた。
あれこれなんでも紹介する人は信頼に欠けるけど、たかちゃんは本当にいいものだけ紹介してくれてるんだなーって思っていた。
連絡したらすぐにある書籍のページを送ってくれて、あのイージーエアは気休めじゃなかったんだって思った。
まだAmazonで買ったイージーエアがあったし、それをしばらく使いながらドテラのことを調べたけど、謎が多過ぎてよくわからなかった。
喉元過ぎれば熱さを忘れる、といった状態で息子が元気な時は私も検索魔になることもなく、ドテラのことも全然気になってなかったけど、体調を崩すと気になって仕方なかった。
主人にも何度か話をした、こんなのがあるって。でも、それ以上進まなかった。うちでは、病院に行くのが当たり前で、薬を飲むのが当たり前になっていたから。
秋ぐらいから自分の体調がおかしくなった…それが皮膚に現れてどんどん酷くなった。
皮膚科であれやこれや薬をだされ、生活を見直すように言われた。ホルモンバランスが崩れているからってそれを整えるように栄養のある食事、睡眠をしっかりとるようにって。
でも、わりと規則正しい生活をしていたから不思議だったけど、自分で思っている以上にストレスフルな生活をしていたようだった。
毎日、薬を飲んで塗ってるのに良くならない、自分は薬を毎日飲むことが嫌なのに、
今まで何年も自分が嫌なことを息子にしてきたんだって気づいた・・・。
薬やめたい、できることはやりたい、この気持ちがどんどん大きくなっていった。
それと同時に連休にかかりつけ医が休みだと当番医や救急にかかることがあるあるだったから、今年の年末年始も不安になった。
そこで勇気を出してたかちゃんに連絡、ドテラの説明を聞いてみることにした。
主人にも隣で聞いてもらった。
話を聞く前から自分の気持ちはもう決まっていたけど、主人の説得に時間がかかった。
でも、私以上に看病してきた人はいないし、私以上に調べてもない、今まで散々いろんなことを取り入れてきたけど変わらなかった、少しでも変われそうって思うものがあるのなら試してみたい、反対するならドテラ以外に効果がありそうなもの出して!と主人に言った。
ドテラを迎えてからは早かった!
息子は薬を併用しながらではあったけど、吸入以外に胸元にマッサージをしたりディフューザーしたりして咳が楽になっていくのがすぐにわかった。
オイルが気になってドテラを始めた私はプレゼントでもらったミネラルを飲んで数日、身体が軽いことを実感して、怪しいと思っていたミネラルを次の月から購入することにした。
デュフューザーのおかげなのか、ミネラルのおかげなのかわからなかったけど、寝起きが全然違って朝から元気でいられた。
息子と娘にもミネラルを少しずつ飲ませたりご飯に入れたり毎日取り入れた。
デュフューズ、アロマバス、アロマタッチいろいろな方法でオイルも毎日使っていた。
1年生の2月
ドテラを迎えて2ヶ月、
初めて一回も休まないで学校に行けた。
入学してから初めて、というか入園してから初めて。
この頃にはオイルでのケアを主にして、吸入をする日を少しずつ減らしていた。
咳がひどくなりそうな時はスパインセラピーをして様子を見る、それでもまだだめそうなら吸入、としていた。
でもそれも3月のはじめに数回だけ。そしてまた3月も休まないで学校に行けた!
こうやってどんどん吸入を減らしていって、
予防で飲んでいたモンテルカストだけにしていった。
毎月の定期検診に行くたびに、先生もびっくりしていて、春を越えたら薬やめても良さそうだねって言ってくれた。
ほんとはもう薬はほとんどやめてたけど、今までたくさん助けてもらったから徐々に伝えていくことにした。
その後、息子は体調を崩すことがほとんどなくなった。
2年生
不安で学校に行かれない、なんてこともなくなり、とにかく毎日が楽しいようでハツラツとしていた。
4月にはもう予防の薬も飲ませてない、吸入もしていない状態だった。
6月に、ついにかかりつけの先生からもう大丈夫そうだね!って言ってもらえて、喘息っ子卒業!
うれしかった、診察室で涙が出そうになったのを堪えた。
今は学校から帰ってきたら毎日公園で遊べるようになって、今日は寒いから…また風邪ひきそうだから…なんて用心ばかり言う私もいなくなった。
もしまた体調を崩すことがあっても、家で自分の手でしてあげられることがあるって思えることが私の心を軽くしてくれた。
ただ薬を飲ませるだけ吸入させるだけ、神様にお願いするだけ、余裕がなくて辛そうな息子の背中をさすってあげることもできなかった私はもういない。
食事や規則正しい生活にできる限り気をつけてきたけれど、それでもミネラルが足りていなかったんだなぁと今ではわかる。
そして正しく栄養を整えた上で、体調が崩れそうなときに私にできることが増えた。
オイルを垂らして手を当て息子を癒しながら、自分にも大丈夫って言ってあげられる。
正直、こんなに早く薬を手放せて元気に過ごせるようになるなんて思っていなかった。
当たり前の生活を当たり前にさせてあげたい、何度も願ったことなのに、なかなか実現できなかったことが、今普通にできている喜び。
それが、私の選択一つで変えられたこと。
その選択ができなかったこと、
doTERRAを知っていたのに取り入れるまで時間がかかってしまったこと、とても後悔している。
ネット上での不確かな情報に惑わされ、馴染みのないものを取り入れるのに勇気が出なかった…
真っ先に病院へ行き薬を飲むことが当たり前、周りと同じことをしているのが正しいことだと思い込み、当たり前を手放そうともしなかった。
心に余裕がない時は新しいことをする余裕もない。当時は仕方がなかったけど、今となってはもっと早くにdoTERRAを生活に取り入れていれば、と何度も思う。
だからこそ、悩んで辛く苦しい思いをしている人に知って欲しい。
私がたかちゃんからたくさんの情報を直接教えてもらったように、私も自分の経験を自分の言葉で伝えながら誰かの救いになれるように届けていきたい。
なっちゃんに、どうしてドテラをはじめることにしたのか、どうして伝えていきたいかのかを聞いたときに、自分が一番精神的につらかったときのことを思い出して泣いていた。
家族の体調不良は当人がつらいだけの問題じゃないなって本当に思った。
こうして文字に起こしてもらうことで、今不安に思っている方の希望となってくれたら、と思います。
栄養を整えてそもそもの身体を強くしてあげる。症状じゃなくそれが起きている根本には何があるのかを考えて向き合っていく。
薬も役にたつけど身体に負担のない、全く副作用のない薬はないです。
身体に負担をかけない自然なものでケアしてあげられるようになったのもよかったと思う。
喘息だけでなくアトピーやアレルギーいろんな身体に出ている症状はみんな免疫が関わっている。
免疫を弱くしてしまうもの、逆に暴走させてしまうものってなんなんだろう?って考えてみたら取り入れたほうがいいもの、取り入れない方がいいものが見えてくるよ。
喘息とミネラル関係なさそうでしょ?大ありなんだなぁ。どんな不調も栄養が関係ないことなんてないけど。
そこの細かいことが知りたい場合は私かなっちゃんに直接DMしてください。
ミネラルが何かを治してくれるわけじゃない、ミネラルが不足することで他の栄養素がちゃんと吸収されず、酵素もしっかり活用できず身体の機能が正常に動いてない
↓
不調につながっている
わけだから
ミネラルを満たしてあげることで身体が元の状態にもどってくれる
と思ってね!
なっちゃんが変えたのは選択。
ミネラルとエッセンシャルオイルを生活にとりいれたこと。お薬に依存しなくなったこと。
だけどね、それだけじゃなく
これが大きく変わったと思う。ネットワークの会社において高品質なものをできるだけ低価格でっていうのって、もはや当たり前ですよね。
他のネットワークの会社のものだってきっと品質はいいよね!
でも私が思うドテラのネットワークである1番のメリットは製品の使い方やお買い物の仕方をフォローする紹介者のサポートとチームという小さなコミュニティです。
エッセンシャルオイルは多種多様な魅力があって、健康維持にも役立つけれど、薬機法に触れてしまうようなことはもちろん公に言えない。いろんな使い方がありすぎるからこそ、情報がないと損してしまう。
「こんな使い方よかったよ」「こんな体験がありました」エッセンシャルオイルの有用性を直接人から人に伝えてください、というのが創業者の願いです。
なっちゃんがイージーエアを非正規ルートから手に入れてもうまく使いこなせていなったように、情報がないといいものも宝の持ち腐れになってしまう。
人とかかわることが苦手、紹介制じゃなきゃ買えないなんてめんどくさい、って思ってる人多いかもだけど、健康という分野においても情報は最も価値のあるものです。知ってるか知らないかで選択が変わってくる、お金の使い方もね!
また次の記事で書きますが、今は私もチームのリーダーという立場にいて「情報量」ということにおいては私のチームは特出しなきゃなって思ってます
だってこのブログ、はじめた当初から情報の塊でしたよね?笑
私の強みは?とメンバーに聞いたら「情報量」だと言われたので(おしゃれとか美容とかじゃないの悲しみ笑)
そこは自身持っていきたいな、と思います。
私だけの情報や知識にしない、バラバラでわかりずらいエッセンシャルオイルについての情報をメンバーが好きに使えるように今プラットフォーム化してます。
チームとのかかわり方は自由です。誰とも関わらず一人で使ってたっていいんです。でも情報を得られる場所(チーム)、困っているときに聞ける人(紹介者でもチームの人でも)だけはちゃんと選んで色々教えて貰ってくださいね。
ネットワークであることを利用しよう。
喘息で悩んでる方はなっちゃんが本当に親身になって相談にのってくれるのでぜひつながってほしいです。顔も心もきれいな人です✨️
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