Giving is living.  -2ページ目

Giving is living. 

3人男の子のママです。
感動したものシェアしたい✨
健康・美容・コスメ・写真・インテリア

 

 

はじめに

 

 

この記事では人の死生観に関わることを書いています。

ご家族が治療中だったり、お別れをしたばかりの方だったりの方は、つらい感情になってしまうこともあるかもしれないので、自己責任で読み進めてください。

またがんの治療については正解はなく、それぞれのご家族で納得いくものを選ばれることが一番大切で後悔がありません。

私たちの看取りについてはこういう選択肢もあるのかと知っていただければ幸いです。

 

 

 

 

 

親は子どもと同じように家族だし大切だと思う。

 

私がドテラをはじめて、私を含む3人のメンバーのお父さんが亡くなった。

両親の死はそんなに遠いものでもない、ということ。

今から子どもと過ごす時間よりも、親と過ごす時間の方が短いはずだから、元気なうちにたくさん親孝行をしてほしいと、これを読んでくれた全員に伝えたいです。

 

 

 

 

 

医療が進歩したと言っても、やはりがんで亡くなる患者は少なくない。

大事な人が亡くなるのはとてもつらいことだけど、しっかりと事前に情報を集め、心の準備をしておかないと、いたずらに死にゆく人を苦しることになる。

〝何かせずにはいられない気持ち”はわかるのだけど、無理に食事を摂らせようとしたり、点滴や注射や酸素マスクを求めたり…。

 

終末期のがんってお別れの期間が与えられているようなものだから、ちゃんと家族も準備をしていかないといけないと思ったよ。

 

 

父の看取り

 

 

父ががんになり、まずは根治を目指して手術を受けた。4年で4か所(全て原発)、5回手術を受ける。

根治に見えたのだけど、途中で肺に遠隔転移が見つかる。

「遠隔転移」というのは検査や画像では見つけられない種や芽が体中にある状態で、仮に画像で確認できる病変を全部切除できたとしても、がんをゼロにできるわけではなく、根治はできない状態のことだよ。

 

がんを体からゼロにすることを「治る」と言うのであれば、遠隔転移のある「進行がん」は、「治らない」という事実をまずは理解しないといけない。

 

父はそれを分かったうえで、延命治療としての抗がん剤は受けない、と言った。

 

これには私は賛成だった。抗がん剤は劇薬なのでがん細胞以外にもダメージをかなり与えてしまう。

それで寿命を短くしてしまう人もたくさん見てきたから。

 

がんがあってもなくても、「いい状態で長生きすること」を大切にしてほしいと思った。

 

父の希望は

自分の仕事や好きなゴルフを最後までしたい。つらい症状には緩和ケアをしてもらうが、積極的(延命にあたる)治療はもうしない。できるだけ好きなことをして長生きする。そして家で最期を迎えたい。

 

ということだった。

 

私たち家族は父の意志を尊重したかったし、何より治らないがんのためにつらい治療を強いるのは嫌だな、と思った。

がんは悪さをしなければ共存できる期間が多い人もいる。

 

 

父は亡くなる1か月前までゴルフをしていて、日常生活を普通に送れていた。

仕事人間で、自分にまかされた仕事がまだ残っていることをずっと気にかけていて、亡くなる2日前まで仕事をしていた。

残りの仕事を同業の甥っ子にまかせられたときには心底ほっとしているようだった。

 

残される母が困らないようお金のこともしっかり準備してくれていて(これは亡くなってからわかったこと)、本当に立派な人だった。

 

 

 

 

まず言いたいのは

看取りは怖いものじゃない。

 

それどころか、家族全員が家で看取ることができて本当によかった。あの時間があったから死を自然なものとして受け入れられたし、家族水入らずで本当にいい時間がもてた、と家族みんな振り返っている。

 

 

もしがんと闘病中のご家族がいる方がいたら早いうちにこれを読んでください。いやそういう状況になくてもこの本は全ての人に読んでほしいと思える本。

自分らしく生きることと、死ぬことはどういうことなのか深く考える良いきっかけになる素晴らしい本です。

↓↓

 

穏やかな死に医療はいらない

 

〈概要〉

1000人いれば千通りの最期があるが、在宅で看取られるのは本人も家族も穏やかに死を迎えているということ。

 

在宅緩和ケアは治す医療ではなく、患者さんとご家族の心を診る医療です。死を受け入れる大切さ、最期の日まで生きることの大切さを時間をかけて患者さんやご家族に理解してもらいます。医学の知識だけでできる仕事ではありません。

 

医師や病院に任せきりにしている限り、自分らしい最期を迎えることはできません。目標は「死の前日まで元気でいる」こと。

寝たきりにならず、最期まで自力でトイレに行き、寿命を使い切って亡くなる患者さんの死はつらくなく、とても穏やかです。

病院は病気との闘いの場です。穏やかな死を迎える場所として自宅ほどふさわしい場所はないのです。

家族がいなくても大丈夫、僕は自宅で穏やかな死を迎えられた一人暮らしのお年寄りをたくさん知っています。

皆さんが終末期や穏やかな死、そして「生きる」ということを考えるヒントになるならば、こんなにうれしいことはありません。

 

 

父の主治医である萬田先生は群馬では在宅緩和医療で知らない人はいない有名人で、医療従事者向けにも一般の方向けにもたくさん講演会をされている。白衣は着ていない。

診療所では一人1時間の診察枠、通院が難しくなったら訪問してくれる。

 

本当にプロだな、と思ったのは、1月の終わりにゴルフで腰の圧迫骨折をして(実際は腰椎にがんが転移していたからつぶれてしまったような感じ)痛みで動くのが大変になっていたものの、私たちは正直そんなに父の死がすぐに迫っている感覚はなかったの。

 

でも診察室に入ってくる足どりや様子をみて、いつでも介護ベッドが手配できるように全部裏で準備してくれていて、

父が「電動ベッドを借りたい」と言い出して、萬田先生に相談したときには

「そろそろ必要だと思って準備してありますよ」って次の日にはベッドが家にきた。

 

もうこの時点でどういう経過をたどるのか、全部わかってたんだよね。

 

下半身が麻痺してしまって歩けなくなってからはあっというまで・・・日に日に悪くなった。

やっぱり人間自分で歩くことが本当に大切なんだな。歩けないとめぐりがわるくなって浮腫む、筋肉が落ちるとトイレで排泄する力もなくなってしまう、便秘にもなる。

 

でも毎日看護師さんが来てくれるようこれも先生が準備してくれていて、ちゃんと必要な処置はしてくれた。

 

歩けなくなって3~4日で

看護師さんが「せん妄がでてきたので、つらいけど覚悟しておいた方がいいかな…あと1日2日もつかどうか…だと思う」

って言われたのだけど、不思議なもので数日前まで普通に話してたのに噓でしょ?って信じられない母や自分がいた。

 

でも看取りのプロが言うんだから間違いないのだろうと、すぐに実家に向かうことに。

 

 

 

2月19日の夜に子どもたちも連れて実家に行った。

長男が「じったんと最後に写真撮りたい・・・」って言ったのだけど、

「最後なんて言うなよ、じったんまだがんばるんだから」なんて言いながら、笑顔でみんなで写真撮ったんだ。

呼吸がつらそうなのに、孫の威力はすごいよ。しっかり笑ってくれて。

 

最後なんて、縁起悪く聞こえるかもしれないけど、もう生きてるじったんに会えるのが最後だったというのは本当だし、あそこで長男がそう言ってくれなったらみんなで写真を撮ることなんてできなかったと思うから本当に良かったと思う。

 

絶対病院ではそんな雰囲気になれなかった。病気になると写真撮られるのを嫌がる人が多いかもしれないけど、撮っておけるときに撮った方がいい。私にも母にもこんなにいい思い出が残ったんだから。

 

20日の朝には萬田先生が来てくれた。

はじめて会う私に「ちゃんと、ありがとうって伝えた?」と言った。

私が「え、もうお別れの時なんですか?」と言うと、

「ずっとお別れのときだよ、今言わなくていつ言うの?」と。

 

それで父のもとにうながされ、

父の顔を見て「今までありがとう…」と言った

父は生きる気力は最期まであったから「何泣いてるんだ…俺はまだ死なないからそんなこと言うな」と言っていたけど

 

それが意識がしっかりしていて、話した最後の会話となる。

 

先生はその感謝とお別れの言葉を早いうちからお互い交わしておくことを本でも勧めてくれてる。

あのとき目を見て気持ちが伝えられるきっかけをくれた先生にはとても感謝しています。

 

人間って、死が近づく段階は決まっていて。

 

痩せる

食欲がなくなり食べられなくなる

脳が機能しなくなり(せん妄がでる)

腎臓の機能が止まる(尿がでなくなる)

肺機能が止まる(呼吸を止めてる時間が長くなる)

心臓が動きを止める

 

意識がはっきりしているときに伝えてあげないと伝わらないよ。お互い、伝えられるときにありがとうって伝えてね。

 

 

 

 

この実家で過ごした2日間は最後の宝物のような時間になった。看取りは残されるものへのギフトという言葉があるけれどその通りだった。

家族水入らずで、身体に触れてできることをしてあげてたくさん話す。

静かに穏やかに眠るように最後呼吸と心臓が止まるのを見守った。

 

いつもの自宅で、家族だけで、安心して父は最期を迎えられたんじゃないかな。

 

 

ひとつだけ後悔があるとすれば、

 

それは私の長男と次男に父の看取りをさせてあげなかったこと。

学校があるし、何日本当に看取りの瞬間までかかるかわからないと思って東京に戻してしまった。

 

だけど人が死ぬということは自然なことで、日常の延長にあることで、父の最期はこんなにも穏やかなものだったと見せてあげたかった。

 

それがなく、冷たくなった父と対面した長男と次男は現実をうまく受け止めることができず何時間も泣き続けて、東京に帰ってからも夜になると写真を抱いて泣いていた。泣くのは悪いことじゃないんだけどね。お別れの仕方は本当に大切なんだよ。

看取りの瞬間に立ち会えなかったことを後悔する人がいるように、叶うなら子どもにも、ちゃんとお別れをさせてえあげればよかったな。

 

 

 

緩和ケアについて知ってほしいこと

 

日本では、一般の人でも医療従事者も、もう治療できない人が緩和ケアにうつる、というイメージを持っている人が多いのだけど実際は全然そうじゃない!

本当に早め早めに行っておくべきなのが緩和ケア。

 

医療麻薬を早め早めに使っていくと、中毒や副作用がでることなく使用量の上限を増やせる。使用量をまちがわなければ副作用で命を縮めることもないの。もちろん物理的な痛みだけでなく精神的なケアもしてくれる。

医療麻薬のイメージから、亡くなるギリギリまで使わずにいると、身体が麻薬に耐えられないのですぐに寝たきりのような状態になってしまう人が多く、それが医療麻薬を使うともうすぐに死ぬ、というようなイメージになっている人が多い。

麻薬は怖いなどという思い込みで、がんの末期で痛みに苦しんでいる患者さんを我慢させるほど、意味がなく残酷なことはないよ。

 

萬田先生の話だと、痛みや辛さを初期のうちから少量の麻薬を使いコントロールしていくとモルヒネを1日20000mgまで使って亡くなる前日まで自分で歩き、大好きなお風呂に入っていた人がいると!

医療麻薬の専門家が緩和ケア医だから、経過をみながら経験から予測しながらこまめに診察して小刻みに増量していく。

がんの治療医が緩和ケアでモルヒネを使うとしたら、1日の使用量は50~200mgだそう。

強い痛みになってから後手後手で増量したのでは追いつかないし、急な増量に身体の方が耐えられずに意識がなくなるなどの副作用がでてきてしまうんだって。普通の病院でモルヒネの投薬を受けた患者さんは400mg程度で亡くなっているそう。

 

これ、本当に知ってるか知らないかで残りの人生の過ごし方が全然違うと思うから、本人も家族もしっかり知識をつけてね。

治療を早々にやめて家に帰り、痛みやつらさを感じることなく好きなことをして余命宣告よりかなり長く生きられている方もいる。

 

どう生きるか、どう死にたいのか、がんの場合は自分で決められるんだよ。

どんな病気でも痛みを我慢する必要はない。死ぬときは老衰にように。飛行機がソフトランディングするように、少しずつ死という終着点に向かうことができれば身体の負担も少なく、本人や家族にも死を迎え入れる時間が生まれるということ。

 

萬田先生の本は本当にわかりやすく書いてあるのでぜひ読んでみてね。

 

 

 

タッチケア

 

想像してみてほしい。

自分が大病で入院して治療が必要なとき、つらいとき、家族にそばにいてもらいたくない?

大切な人に触れて癒されてがんばろうってきっと思える。

 

親だって、いくつになったって変わらないよ。

 

病院で一人ぼっちで痛い、苦しい気持ちのまま最期を迎えたいのかな?

 

 

今元気でも、病気があるとしても、たくさんできる親孝行をしてあげてください。

それは物理的なものだけじゃなくやっぱり触れてあげてね。

 

 

触れることは心に触れること。

 

ありがとうって言葉は言うのはなかなか照れくさいけど、触れることってそれだけでオキシトシンが出て

お互い癒されます。

 

 

肩もんであげるよ~って言える人はそれでもいい。なかなかそれができないならアロマタッチが本当におすすめだよ。

何も使わなくたって触れるだけで心を癒す効果があるのがタッチセラピー、その触覚の刺激に加えて嗅覚にも働きかけるエッセンシャルオイルの香りの相乗効果はすごいです。心身の調整にかかわる脊髄周辺と足裏に軽いタッチで触れていくタッチケア。

これを覚えて

 

「アロマのマッサージ覚えたから練習させて」って言うといいよ。

 

娘にアロマタッチしてもらって、喜ばない親いません!

 

 

 

私がはじめて父にアロマタッチをしたとき、すごく気持ちがいいと喜んでくれたのを覚えてる。

旅先で熱発してつらそうだったから、できる限りのことをした。

そしたら次の日には本当に調子も良さそうでね。

 

 

2回目にしたときには、「気持ち良すぎてもうこのまま棺桶にはいってもいいくらいだ…」なんて言ってたな。

 

 

 

そしてアロマタッチが気に入った父は、やり方をしっかりマスターして母にもしてあげるようになった。

母は父に、父は母にしてあげるようになった。

 

これはドテラがなかったら、ぜっったいにやってないこと。

病気の人はしてもらうばっかりで、誰かになにかをしてあげる発想ってなくなりがちだと思うんだけど、母に自分がしてあげられることがアロマタッチだって思ったんじゃないかな。みんな心のどこかで、誰かに喜んでもらいたい気持ちを持ってるもんね。

 

 

ミネラルも父は体感もあり亡くなる数日前まで飲んでくれてたし、ドテラを実家に伝えたことは間違いなく私の親孝行でした。

 

 

エッセンシャルオイルに対してエビデンスがどうとか言ってる人いるけど、大事なのってそういう話じゃないんだよなぁ(科学的な解明ももちろんされてるけども)

エビデンスのある薬や最先端の医療があればがんが亡くなるのかと言ったら、全然そうじゃない。エビデンスがあるからその人に効く治療法なのかと言ったらそれもやってみなきゃわからないこと。

西洋医学には限界がある。死に対して医療が無力となる瞬間が必ずやってくる。それどころか、よけいな医療は死にゆく患者さんを苦しめるものだったりする。

よけいな医療というのは、延命処置ね。

 

医療でやれることはないと言われたって、緩和ケアなど色んな選択肢があるってこと忘れないでね。

 

エッセンシャルオイルは、簡単な自然療法のツールでもあり、タッチケアができ、心まで癒せる、感情のケアもできる、日用品にもなる万能なものです。

 

 

 

他にもいろんなことがあったんだよ。

父は毎日お風呂に好きな香りのオイルを入れていたし、寝室にも自分でディフューズしていたし、よく眠れないときには睡眠薬じゃなくて植物の力で睡眠をサポートしてもらってた。

 

訪問の看護師さんが家に来るときには

「おうちに入ると本当にいい香りがして介護中の家とは思えないくらいですね!」と言われた。

 

痛いときには、痛みにアプローチできるクリームを作ってこまめにぬってあげたし、浮腫みがあるときにはオイルを使って優しくマッサージしてあげた。うつ伏せがむずかしくなっても足にアロマタッチをしてあげた。

足の感覚がなくなっても、気持ちいいからやってくれって言われてたんだよ。最後の最後まで触れられた。

 

医療じゃないから薬じゃないから、家族ができることがたくさんあるんだよ。

 

 

 

在宅で亡くなると、看護師さんが来てくれて一緒に身体をきれいにする、着替えさせる、保湿する。

このときにミルラとフランキンセンスをみんなでぬってあげたのだけど、もうびっくりするくらい皮膚がやわらかいままで。

葬儀の担当の方にも「こんなに皮膚の状態がいい方いないです!何で保湿されたんですか?」って驚かれて

やっぱりエッセンシャルオイルってすごいなってなった。

 



ミイラを作るときに使われてたのがミルラだからね。何千年も死体が腐敗してないんだもん。

 

あとは告別式の時は、悲しみの感情オイルをハンカチに垂らして母に持たせた。あの日コンソールが本当にいい香りに感じたな…。

 

 

 

 

最後に

 

 

最後に言いたいのは、やっぱり病気になったら元の状態に戻すのは現代医療をもってしても無理なんだよ。

でも未病のうちならもとに戻せる。

頭痛、腰痛、イライラ、生理痛、めまい、疲れやすい…などなど病名がつかない不調を放っておかないで。

家族の誰かが病気になることは、本人の身体的なつらさだけでなく、他の家族に精神的にも金銭的にも負担をかけます。

 

病気の人を診てくれる場所は病院でも、健康になっていくのは自分の日々の選択でしかできない。

自分や家族の健康を人任せにしないこと。

 

このブログも何かのきっかけになったら嬉しいです。