映画「地の塩 山室軍平」 筆者感想 | AVEC 2CV by Yurii Oikawa

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浜松市中央(旧南)区在住のわたしが等身大の日常生活を随時載せております。2020年12月からスマホ版移行。なおわたしは2026年から 新たに「ユーリィ及川」の名を使用します。

11/21(火) 映画鑑賞
「地の塩 山室軍平」

京都南区みなみ会館
(東寺 五重塔近く)
上映 12:15~14:05

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◇山室軍平氏は

1872年9月01日誕生
(明治5年)
1940年3月13日召天
(67歳 急性肺炎)

岡山県阿哲(アテツ)郡
哲多(テッタ)町生まれ
=現在の新見市出身

同志社大神学科中退

「社会鍋」でよく知られる救世軍の日本人初の司令官(位階は中将)となり、後に『岡山4聖人(他は石井十次、アリス・アダムス、留岡幸助の3名)』の一人に数えられたキリスト教指導者・社会運動家。

「平民の福音」は、特に知られた著書の一つ。


かたつむり筆者感想

山あいの貧しい家庭の、8人兄弟の末っ子(三男)として生まれた彼は、特に息子の成長を願い、神仏に熱心に祈る母(山室登毛〈とも〉)の愛を多大に受けて育った。

その母は、当時貴重な栄養源であった卵を食べないことを誓い、死ぬまでそれを守り通した。

まず、これが、この映画の特に印象的な場面であった。

その人物は、その家庭で受けたもので、育つ。

もし、それが無償に与えられ続けた愛であるなら、その人物は、全世界的なとてつもない規模で、他者を愛することができるだろう。

なお、先に9人を殺害した男は、父親と離婚した(妹を連れて家を出た)母親のことを、ほとんど口にしなかったという。

だからといって、何人も殺してよい理由にはならない。


その後、彼はキリスト教の路傍伝道に出逢い、その道を、愚直ながらも、まっしぐらに進み続けたことが、よくわかった。

この愚直さと、社会的弱者に対する懐の深さが彼の持ち味で、これが生涯、用いられたわけである。

後に彼の妻となる女性(山室〈旧姓佐藤〉機恵子・岩手県花巻出身)との出逢いと死別光景も、特に印象に残った。

それは、彼の人格形成がなされた後の出逢いで、まことに、よい配偶者を与えられたと思う。

かたつむりわたし自身は、人格形成がなされていないので、いまだに独り身なのだろう…とも思わされた。
それは、余計な話ではあるが。


山室軍平氏についての詳細な資料は、東京杉並区和田(救世軍ブース記念病院西隣)に、「山室軍平記念救世軍資料館」がある。ぜひ、見学してみたい。


一部難解な宗教用語があり、そこが気になった。字幕による補足説明が、あるとよいだろう。