「地の塩 山室軍平」
京都南区みなみ会館
(東寺 五重塔近く)
上映 12:15~14:05

◇山室軍平氏は
1872年9月01日誕生
(明治5年)
1940年3月13日召天
(67歳 急性肺炎)
岡山県阿哲(アテツ)郡
哲多(テッタ)町生まれ
=現在の新見市出身
同志社大神学科中退
「社会鍋」でよく知られる救世軍の日本人初の司令官(位階は中将)となり、後に『岡山4聖人(他は石井十次、アリス・アダムス、留岡幸助の3名)』の一人に数えられたキリスト教指導者・社会運動家。
「平民の福音」は、特に知られた著書の一つ。
筆者感想山あいの貧しい家庭の、8人兄弟の末っ子(三男)として生まれた彼は、特に息子の成長を願い、神仏に熱心に祈る母(山室登毛〈とも〉)の愛を多大に受けて育った。
その母は、当時貴重な栄養源であった卵を食べないことを誓い、死ぬまでそれを守り通した。
まず、これが、この映画の特に印象的な場面であった。
その人物は、その家庭で受けたもので、育つ。
もし、それが無償に与えられ続けた愛であるなら、その人物は、全世界的なとてつもない規模で、他者を愛することができるだろう。
なお、先に9人を殺害した男は、父親と離婚した(妹を連れて家を出た)母親のことを、ほとんど口にしなかったという。
だからといって、何人も殺してよい理由にはならない。
その後、彼はキリスト教の路傍伝道に出逢い、その道を、愚直ながらも、まっしぐらに進み続けたことが、よくわかった。
この愚直さと、社会的弱者に対する懐の深さが彼の持ち味で、これが生涯、用いられたわけである。
後に彼の妻となる女性(山室〈旧姓佐藤〉機恵子・岩手県花巻出身)との出逢いと死別光景も、特に印象に残った。
それは、彼の人格形成がなされた後の出逢いで、まことに、よい配偶者を与えられたと思う。
わたし自身は、人格形成がなされていないので、いまだに独り身なのだろう…とも思わされた。それは、余計な話ではあるが。
山室軍平氏についての詳細な資料は、東京杉並区和田(救世軍ブース記念病院西隣)に、「山室軍平記念救世軍資料館」がある。ぜひ、見学してみたい。
一部難解な宗教用語があり、そこが気になった。字幕による補足説明が、あるとよいだろう。