独立と創業

Alfieri Maserati Ⅱ
アルフィエーリ・マゼラーティ二世
1887~1932
16歳でイソッタ・フラスキーニに就職し、そこで、世界中を巡る有能な整備士兼レースドライバーとなったアルフィエーリ・マゼラーティは、兄カルロの死を乗り越え、27歳で独立を志します。
そして、
1914年12月1日
(同年12月14日開業)

アルフィエーリ・マゼラーティ工房
株式会社と兄弟たち
アルフィエーリ・マゼラーティは、ボローニャの旧中心街・「ペポリ通り1番地」に、事務所(工房は地下室に)を構えました。
ここでは、現在でいう
自動車のチューニングショップを開き、顧客の要望に応えました。これこそが、マセラティ創業100年の歴史の、記念すべきスタートです。
創業には、アルフィエーリの二人の弟であるエットレとエルネストも参加しました(マセラティのエンブレムは、3兄弟の結束の証)。
アルフィエーリは後に、当時の自動車の弱点だった、エンジンのスパークプラグの改良品(※雲母使用による、絶縁性を向上した製品)を発明します。
副業の産物でしたが、この成功によって、商売は順調に進展します。

現在、ボローニャ中心街のマセラティ創業地には、このような表示物が刻まれております。
Alfieri Maserati
Officina e Garage
※現在のスパークプラグではさらに改良が進み、雲母は絶縁体として使われていません。