みなさん、こんにちは
あかいピアノ教室 赤井麻美です。
先日は、ノクターンが作曲された頃の
ショパンの人生に迫りましたが
今回は、アラベスクが作曲された頃の
ドビュッシーの人生に迫ってみます。
1889年(27歳の頃)
パリ万博が開催。
エッフェル塔が建てられました。
パリ万博でドビュッシーは、
ベトナム音楽やインドネシアのガムラン音楽を
聴き、衝撃をうけました。
その時の衝撃が
ドビュッシーの
この後の作曲活動に影響を
与えているといわれています。
知っている音楽を
そのまま真似するのが嫌な性格だったことも
影響しているでしょう。
また、ドビュッシーは
当時流行っていたパリのサロンにも
出入りしていました。
上流階級の貴婦人たちが
自宅(サロン)に友人たちを招き、
ドビュッシーのような芸術家の卵を
彼らに紹介したのです。
その中でドビュッシーは教養を身につけて
いきました。
貧しい家に生まれたドビュッシーの音楽に
優雅さがあるのは
サロンに出入りしていたからだと
いえるでしょう。
豊かな暮らしへの憧れがあったようです。
(ドビュッシーは、サロンより
庶民的なカフェの方が好きだったらしい)
カフェもサロン同様
人々の交流場所でした。
アラベスクを作曲した時(29歳)
ドビュッシーは貧しく
生活のために売れそうなピアノ曲を
たくさん書きました。
不本意な作品を書いて売らないといけないほど
貧しかったのですね。
ドビュッシー本人にとって不本意でも
「アラベスク」は時代を超えて
演奏され続ける名曲であることに変わりない。
優雅さと少しの東洋の雰囲気を
あわせもつこの曲は
これからも愛されていくだろう。
私も大好きな曲の一つですし
これからも、生徒たちに紹介し続けたい。
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