34年前新幹線の車内で勤務中に脳溢血で倒れた父。
当時国鉄からJRに変わったばかりで心労もかなりあったんだろうな。
たまたま新幹線に乗っていた脳外科のお医者さんに応急処置をしてもらい、そのまま病院へ搬送。
緊急手術により一命をとり留めました。
当時の父の年齢は44才。
今の私よりもずっと若い。
その後回復をしていき職場に復帰できるまでとなった。
車掌長だった父は勤務中にまた倒れたら新幹線の運行に支障をきたすということで
大好きだった新幹線を降り、事務職になる道を選択した。
今まで現場で働いていたため、パソコン(時代的にはワープロ)に触れるのは初めてで、自宅にパソコンを持って帰って
タイプ打ちの練習を毎日していた。
何でも全力で向き合う真面目な人だった。
その後退職をし、25年前には再発。
倒れた時にすぐに再発したと自覚したらしく、
意識がある内に周りの人に「血管が切れたと思うから救急車を呼んで欲しい」と言って意識がなくなったそうだ。
今回は出血した場所が悪く、一命は取り留めたものの持って3日と言われた。
その3日が1週間
1週間が10日・・・と、奇跡の日数を更新していくものの
主治医からはここまで持った方が奇跡で
命はあっても、良くて植物人間と言われた。
一旦意識が戻ってきたので頭蓋骨を外し再手術。
それによって脳が腫れて それまで喋れていた言語が出てこなくなった。
少しずつ回復をしていったが、それ以来普通の会話はできなくなった。
体力が戻ってきて、起き上がることができるようになり容態が安定してきた。
無反応だったところから
自我も戻ってきた。
意識が4〜5才位まで戻るようになると、
自分の想いを的確に伝えれないことに苛立ち、
突然大きな声を出して怒鳴るようになった。
知能も幼稚園児位しかなく、平衡感覚がなくなりヨチヨチ歩きしかできなくなった。
元々、超頑固で厳しくて、完璧主義だった父。
自分自身が許せなくて辛かったんだろうなぁ。
そんな頃に旦那さんと結婚することを迷って私。
父が治ってから送り出して欲しい…と思っていたけど
「いつ治るか分からないよ」との母の言葉に背中を押された。
元々親元から離れて暮らしていたが
より物理的に父との間に距離ができた。
今回お葬式のメモリアルムービーを作る時に
私の知らない父がたくさん出てきた。
あんなに頑固でリハビリを嫌がっていた父が
看護師さんと屈託のない笑顔で笑っている。
母に聞くと大きな声で怒っていた父の角はとれていき
いつの間にか病院で看護師さん達の癒しのアイドルになっていたらしい。
改めて振り返ってみると、いつの間にか怒鳴らなくなってた。
話しかけて理解できないと
「知ら〜ん♪」と大きな声で叫んだり
理解できないのにビックリするような大きな声で「はいっ!🎵」と言ってたよな〜
お医者さんに止められてるのにお酒を飲みたがって
「もうないよっ?」って首を傾げながらコップを何度も何度も差し出してきてたよね。
私もバイクが好きになって
ツーリングクラブで旦那さんと出会えた。
躾はとても厳しくて
姿勢が悪いと竹の鞭😂や洋裁用の長い物差しで叩かれた。
幼稚園の時から正座をして平仮名を覚えて五十音を書く練習をした。
寝る前は三つ指ついて挨拶をして
周りに迷惑をかけないようにとマナーを叩きこんでくれた。
バラエティ番組は馬鹿になるから(真似をするから😂)
見てはいけないと、見ることを許してもらえなかったので
その時の絶頂の人気だったドリフやひょうきん族、金ドンなどはほぼ見ることなくNHKスペシャルで育った。
厳しくはあったけど、娘たちへの愛情だったと思う。
愛情も厳しさも てんこ盛りで
厳しくてとても怖い父だったけど
私は父のことが大好きだった。
1年前に3回目の脳出血。
その後自宅には帰れなくなった。
昨年末体調を崩してから亡くなるまではあっという間のできごとだった。
手術をしても術後の経過があまり良くなく再手術。
余命は1年半と言われたものの、まだ若いのでもう少し待つだろうという話から少し楽観的に構えていた。
先月危篤状態となり急遽家族が病院に集まった。
慌てて病院にかけ着けると、ありがたいことに、
家族が揃ってからどんどん容態は回復していった。
その後母の話を聞いていると
病室でご機嫌に歌のようなものを歌ったり
大きな声で返事をしているということだったので
持ち直してくれたとすっかり安心をしていた。
まさかこんなに早く旅立つとは思わなかった。
つい先日30年来の友人が旅立ち、
お世話になっていたMCさんが立て続けに旅立ったと思っていたら
父も空へと還っていった。
人の命は本当にいつどうなるか分からない。
改めてそう思った。
明日という日も
1時間後という時間さえも
私たちは保証されていない時を過ごしている。
今、時代が大きく変わる歴史的転換点。
ココロとカラダ 全てを通じて
宇宙は魂のステージを上げろと言っている。
見るもの。感じるもの
全てがメッセージ。
牡羊座0度が次々に私に新しい土台を作れと迫ってくる。
父のお供として一緒に空へと旅立ってくれた父の誇りの相棒たち。
私に関わる人達が幸せの道へと向かえるように
光の道へとレールを敷いてくれたんだろうなと棺に収められた
たくさんのお花と制帽と共に見送った。
お父さんありがとう。
長い間お疲れ様でした。
ようやく自由になれたね。
お父さんの娘に生まれて良かったよ!
みんなが笑顔でいれるように
これからも私は私の道を進んでいくよ。
父さんもお空から、私の周りにきてくれる たくさんの魂磨きに取り組む人のサポートをよろしくね。
あ、でも父さんの厳しさは半端ないから
少しお手柔らかにお願いします(笑)
私が向こうに行ったら一緒にたくさんの笑顔作ったねって祝杯あげようね。










