私の過去を綴っている「変化への道のり」
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ウォーキングの講師としての活動といえば
当時はまだ人に何かを教えるというのはまだまだ抵抗もあり
自ら教室を持ちたいという思いなど微塵もなかったものの
当時の師匠がカルチャー展開をすることを決めたタイミングだったので
まずメインの講師にアシスタントがつく形で
スタートしていくことが決まりました。
私以外ウォーキングの歴が長い人達は
OLをされていて時間的に自由にならなかったり、
副業禁止ということで
他にアシスタントができる人がいないという環境から
「香月はフリーだから手伝えるでしょ」と
アシスタントに入らないといけない状況へとなってしまいました。
元来人に何かを教えるのは得意な方なのに
どうして「講師」になるのがそんなに抵抗があったのか当時の私を振り返ってみると、
「こんな私から何かを学びたい」と思う人なんている訳がなく、
いないのに資格を取れば、誰も来なくて恥ずかしい思いをするしかない。
そんな「負け戦」をわざわざする必要なんてないから講師になる必要はない…と思っていたのだと思います。
半ば強制的にアシスタントで入ることになってしまいましたが、
まぁメインではないし、その位ならいいか・・・と思っていたら
ある日突然事件が起きます。
それは・・・
ある日メインの先生が予定の時間になってもレッスン会場にやってこないということが起きるのです![]()
直前まで電話をかけたり
メールをしても全く音沙汰がなく
先生は来ない
でも生徒さんは集まってくる・・・。
となれば・・・
とりあえずレッスンを進めようと思ったら
私がやるしかいない・・・。
腹を決めて
生徒さんに謝りながら
汗をダクダクかきながら
必死でレッスンをこなしました。
その後も何かあったのではないかと
メインの先生に連絡をし続けるのですが
結局全く連絡が取れない日が続きました。
次のレッスンの日も会場には現れず、
再び汗だくになりながらレッスンをこなし、
一体これからどうしたものか…と途方に暮れていたら
なんとその後開催された師匠のレッスンには普通にやってきたのです!![]()
「一体どうしたんですか?
連絡も取れないし心配してました!
あの教室、次回は来られますよね?」
「あ―――
もういらない。
香月にあげるわ」
!!!
なになにそれ!?
いらない?
あげる!?
どういうこと!!??
どんなに質問しようと
しれっと話を切られて
会話が成立せず強制終了。
こうして全く人に教える気がなかったにも関わらず
私のウォーキング講師としての人生がスタートするのです。
1998年、今から23年前の事です。






