PTA役員決めのシーズンは憂鬱になる。誰かがやったらいいのにという雰囲気に押されて、立候補しそうになる。クジ引きのあの時間をなんとか避けたい。かといって代理でクジを引いてもらって当たるのは、なんだか気が収まらない。これほどみんなが当たりたくないクジはないかもしれない。
息子が中1の夏から学校へ行かなくなった。中2の役員選挙は、先生からお話してもらい特別免除にしてもらった。中3の選挙も「それでお願いします」とお願いしてあったはずだった。クジを引く日はすっかり忘れ、家でパソコンをいじっていた。知らない番号から着信があった。
電話に出るとPTA本部の者ですと女性は名乗った。
「学級委員に決まりましたのでお願いします」
「先生に頼んで、免除ということでお願いしていたのですが」
「そのようなお話はありませんでしたし書類も出していらっしゃらないので」
「でも去年はそれでOKだったんです」
「そんなはずはありません」
私は規約にない方法で免除になろうとしていた。前年もそれで通ったから今回もいけると思っていた。役員の仕事は子供が在籍している以上、担うべき仕事だということは分かっている。でも納得がいかなかった。
「やらなければならないということは分かります。でも、子供が学校に行かないのに私が学校にいくのは嫌なのです。役員をしなくてはならない理由を納得するように教えてください」
役員の人は動じなかった。
「お子さんが不登校でも役員されている方はいらっしゃいますよ」
「よく分かりません! その人連れてきてください!」
怒りにまかせてとんでもないことを言った。頭の片隅では分かっているのだが自分で自分がコントロールできない。いったい何が嫌なのか書いて整理をしようとしたが一文字も書けなかった。
子供が不登校でも役員をしているという奇特な人から電話がかかるまで、私は声を出して泣いていた。電話は男性からだった。
「K中学校PTA本部会長をさせていただいております、Mと申します」
制御が効かなくなっている私は、声を震わせながら初対面の男性を責めた。
「どうして子供が学校に行っていないのに、私が学校に行かなくちゃならないのか、意味がわかりません」
静かに話を聞いていた彼は口を開いた。
「僕も最初はそう思っていたんです。でも、僕が学校へ行くことで、子供ももしかしたら学校に行けるようになるかなと思って。それで行けた、ということではないんですけど、僕が学校でがんばっているってところは見ていた、と思うんです。役員はやってもらえますか? 僕にできることあったら、なんでもしますからまた連絡ください」
と言って、電話が終わった。
息子が部屋に来た。
「オレのせい? オレのことで何か学校でいう人がいるの?」
「そんな人いないよ。だけど役員をやる気持ちの整理がつかないの。もう少ししたら整理つくから、大丈夫」
頭ではもう避けられないと分かっていたが、夕方になっても涙が止まらなかった。
夫が帰ってきて、部屋に来た。私の顔を覗き込む。
「なにごと?」
「役員に決まったのが納得いかないの。でも、やらなくちゃならないの。欲しかった財布を買ってくれたら、1年がんばるから買って」
「いいよ」
夫はすぐに注文してくれた。ネット広告を見て惹かれるけれど、いつもため息だけでページを閉じていたお財布は、誕生日にもらうプレゼントより高かった。
役員初の顔合わせと委員会の日。会長に声をかけようと思ったが、結局止めた。相手に非はないのに感情をぶつけてしまったから謝らないとならないのだが、合わせる顔がなかった。私は息子が出ない運動会や文化祭に学校に行き、他の子を横目で見ながら裏方の仕事をすることがイヤだったのだ。
蓋を開けてみれば、全部の行事に出る必要はなく、私は草抜きの担当になった。その何日かでさえも天候不良で中止になり、夫には「オレ、財布買う必要あった?」とまで言われた。
結局、最後まで足しげく学校へ通うことも、奉仕活動をする母の背中を見せる機会もなく、名ばかりの役員で1年が過ぎた。息子は学校へ行ったり行かなかったりしながら、0点を取らなければ合格するという私立の高校に無事合格した。
卒業式も仕事がある役員は本部役員と2年生の役員。自分の仕事は前日に先生に花を渡すだけで終わっていた。折りたたみイスが整列する保護者席に列席者として座るだけだ。体育館の緑のシートの上を学ラン姿の息子が歩いてくる。カメラのシャッターが震えて押せない。レンズが曇って前が見えない。息子が通りすぎてからハンカチで顔を覆うと声まで出そうだった。脇にある在校生の席からは私が見えるだろう。「あのおばさん、しょっぱなからあんなに泣いて」と思われているかもしれない。こうなることを予想してマスカラはつけてこなかった。鼻をすすりながらカメラを壇上に向け、焦点を合わせた。




