皆さま、おばんです!
昭和62年に廃止された志布志線の廃駅巡りの旅、その4回目です。
あと2回で終わりますので最後までお付き合いくださいね。
(前回分もぜひチェックくださいね)
昭和62年に廃止された志布志線跡をドライブした③ 岩北駅&岩川駅編
岩川駅跡に建った大隅合同庁舎を出た後は大隅松山駅跡に向かいます。
都城市内から志布志線の廃線跡に沿って伸びていた国道269号線は
鹿屋市方向に向かいますので、ここから先は県道にチェンジ。
「松山町方面」の看板を頼りに先に進むことにしました。
それにしてもこの道、いかにも廃線跡という雰囲気ですよね。
近くにいたおじいちゃんに志布志線のことを聞いたら、
目を細めながら、懐かしそうに志布志線の話を聞かせてくれました。
貨物列車に乗っけてもらったこととか…
志布志線の思い出、今でも鮮明に残っているんでしょうね。
志布志線の廃線跡でクルマを走らせます。
「せ~んろはつづく~よ~ど~こま~で~も~♪」
こんな場面では、必ずこの歌を歌ってしまう自分。
歌を歌い終わる前に、道路と廃線跡の分岐が訪れてしまいました。
廃線跡はまだまだ続きますが、未舗装でどこまで進めるかわかりませんので、
この先は大人しく、舗装された県道を進むことにします。
岩川駅跡からクルマを走らせること20分弱、
「道の駅 松山」の看板が見えてきたら、間もなく大隅松山駅跡地ですよ。
志布志市松山町の中心部に入れば、駅の跡地はもうすぐ!
パーマ屋さんの奥に大隅松山駅跡地がありました!
駅舎は軽トラが停まっている駐車場辺りにあったはず。
電話ボックスと郵便ポストは駅が現役だった頃からあったモノなのかな?
駅跡の向かい側には古めかしい雰囲気の石積みの倉庫が。
鉄道が現役だった頃に使われていたモノなのでしょうかね?
駅舎の跡地には、ここに駅があったことを示す記念碑が立てられてましたよ。
それと車輪も。でかいダンベルではありません。
ここで現役だった頃の大隅松山駅の様子をチェックします。
毎度ですけど、下は昭和50年に撮影された航空写真ですよ。
大隅松山駅は単式ホームが1本あるだけの棒線駅。
開業は大正13年、路線が廃止になるまで古い木造駅舎が残っていたようですね。
資料では、構内に貨車を留置させるための側線が1本あるはずなのですが…
昭和50年に時点で撤去されていたのか、写真には写っておりませんでした。
そして現在の様子です。
場所的には、この辺りに線路が敷かれていたはずなのですが…
線路がある!?
線路だけじゃありません。
ホームも丸ごと、ごっそり残ってるじゃないですか!
構内の一部が道路に転用されてしまった大隅松山駅ですが、
駅舎が解体された以外は、現役時代の姿のままで残されているようです。
駅名標もご覧のとおり、元の位置のままでホームに立っておりましたよ。
駅舎はこの位置に建てられていたはず…
これだけ見たら、廃線から30年近くが経過した路線とは思えませんよね。
志布志線で、線路が現役当時のままで残されている区間はここが唯一ですよ。
その光景に鼻息を荒くしながら見て回った大隅松山駅跡ですが、
この後、更に鼻息が荒くなる場面に遭遇するのでした。
そんな伊崎田駅編は、またまた次回に続きます。
















