皆さま、こんにちは!
北海道には3度も駅の位置を変えたのにも関わらず
その後、廃止になった駅があるのですよ。
夕張線(現在は一部区間が石勝線に編入)の楓(かえで)駅です。
楓駅は明治40年に開業した
北炭真谷地炭鉱楓坑からの貨物輸送を目的とした貨物駅で、
紅葉山駅(現在の新夕張駅)から延びる貨物線の終端駅でした。
昭和22年に撮影された航空写真より。
明治42年に旅客駅に格上げ、
大正5年には、楓駅から登川駅まで延びる三井鉱山専用線が
国鉄夕張線に編入されて夕張線登川支線の駅になり、
以後もスイッチバック構造の駅として営業が続けられましたが…
楓鉱が廃止され石炭輸送が途絶えると
スイッチバック解消を目的に楓駅は移設されることになりまして、
昭和42年、やや紅葉山駅寄りの位置に2代目・楓駅が誕生したのです。
昭和52年に撮影された航空写真より。
上の航空写真は石勝線が開通する4年前に撮影されたものですが、
石勝線は既に完成、初代・楓駅は保線基地に変わっていたようですね。
そして昭和56年10月、石勝線開通とともに登川支線は廃止され、
楓駅は新たに石勝線の駅として生まれ変わりました。
上の写真は現在の楓地区の航空写真ですが、
登川支線跡は三川国道に転用、更には道東自動車道開通に伴う整地で
街の様子はすっかり変わってしまいました。
その後、石勝線に移設(上の写真の赤○印の位置)された3代目・楓駅ですが、
利用者の減少から信号場に格下げ、平成16年に駅としての使命を終えました。
3度も場所を変えながら役目を終えてしまった楓駅、
様子を眺めに、まずは初代駅跡地を訪れましたよ。
まずは楓地区にある集合住宅から。
ここはかつて、楓鉱や三井鉱山専用線の施設があった場所です。
この奥が初代・楓駅があった場所、れっつらご~!
の前に…
初代・楓駅に向かう途中に謎の煉瓦造りの建物に遭遇しました。
ガラスがところどころ割れ、廃墟同然にも見えましたが…
正面に回ってみたら「石炭ガラス工芸館」の看板が掲げられてました。
ネットで調べたところ、
昭和62年から平成6年まで営業していた観光施設だそうですが、
元は大正2年に竣工した北炭楓鉱発電所なんですって。
おそらくは、楓地区で唯一の炭鉱時代の面影を残す建物だと思います。
「石炭ガラス工芸館」の営業期間はまさにバブル景気で人々が踊らされた時代。
まるでラブホのようなエントランス部分と古風なレンガ積みのコントラストに
哀愁を感じるのは自分だけかしら?
貴重な建物、いつまでも残っていてほしいですね。
ここで初代・楓駅の駅位置を再確認します。
赤線は平成23年に開通した道東自動車道で、
緑○で囲った辺りに初代・楓駅のホームや駅舎がありました。
その位置の現在の眺め、予想はしてましたけど何も残ってませんな。
広い構内は一部がドライブイン(北海道物産センター夕張店)に転用された模様。
広い駐車場…ここが埋まっちゃうことってあるの?
ん、あのバスは…?
知ってる知ってる!メロン熊じゃないっすか!
決してゆるくないゆるキャラ・メロン熊。
週末はここでメロン熊に会えるそうですよ。
っていうか、メロン熊もアメブロやられてたの、今日初めて知りました。
うぬぬ、また夕張に行きたくなってきた!
続いては2代目・楓駅跡地、再び航空写真でチェックします。
こちらも現在は三川国道が通り、駅は跡形もなく姿を消したようです。
橋脚の脚元辺りが駅跡地だと思いますが…
2代目・楓駅跡地は道東自動車道の敷設工事のために整地され、
線路跡すら確認出来ない状態に変わってました、残念!
石勝線に移設された3代目・楓駅のことは一旦置いときまして…
昭和56年に廃止された登川支線にはもうひとつ、終端の登川駅がありました。
こちらも道東自動車道工事で整地されてしまったのですが、
途中には意外なことに、今でも遺構が残っているようでして…
その様子は次回に続きます。
石勝線に移設された3代目・楓駅(現・楓信号場)の訪問記はこちらから
















