皆さま、おばんです!


いよいよ青春18きっぷの季節がやってきましたね!

このセリフをブログで吐くの、何回目?


自分ごとで恐縮ですが、

初めて青春18きっぷを利用して長旅に出たのは、

今から27前の昭和60年、

自分が高校1年生の時のことでした。


4日間の一人旅だったんですけど、

今思うと、4日間も連絡なしでいたのに、

平静だったウチの親も、なんだかすごいなぁって。



この頃にはまだ、

青春18きっぷで利用出来る夜行の普通列車が全国に残っておりまして、

特に、のちの「ムーンライトながら」になる大垣夜行や、

新宿駅発上諏訪駅行の信州夜行・441Mなどは、

よく利用させて頂きました。


紀勢本線にもそんな列車がありまして、

新宮駅発天王寺駅行きの921列車なのですが、

高校1年の冬休みの旅では、

この921列車と大垣夜行を利用して、

三重県は鳥羽の街に出かけたのです。


歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-c1211c

鳥羽駅に着くと、駅前にはなぜか、

パンダとライオンの着ぐるみちゃんがおりました。


歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-c1211d

しかしこのパンダ、ぶっさいくやな~

駅前には恐竜もいたんですけど、なぜに鳥羽に恐竜?



上の写真の右側にちょこっと写っておりますが、

ここ鳥羽には、こんなものが係留されていたんですよね。
歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-c1211b

かなり大きな船ですよ。


この船の正体とは…
歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-c1211a

移民船・ぶらじる丸です!


18世紀末から始まったブラジルへの日本人の移民、

それを手助けしたのがこのぶらじる丸なのでした。


第2次世界大戦では敵国の立場となったブラジルですが、

昭和28年には日本人の移民受け入れを再開、

昭和29年に、このブラジル丸が竣工したんだそうです。


ぶらじる丸による移民は昭和46年まで続けられ、

その後に移民の受け入れを終了、

役目を終えたぶらじる丸は昭和49年から、ここ鳥羽で係留され、

海上パビリオン「鳥羽ぶらじる丸」として活躍していたんだとか。

自分が見たのも、この頃の姿だったんですね。


歩王(あるきんぐ)のLet’sらGo!-c1211e

毎度ながら、昭和50年撮影の航空写真です。


その後の海上パビリオン・鳥羽ぶらじる丸ですが、

平成8年に閉館ののち、解体のために中国に曳航したそうで。

ぶらじる丸の姿は2度と見ることが出来なくなった…と思いきや、

この廃船を中国企業の湛江海上城市旅遊娯楽が買収、

なんと、2度目の海上パビリオンとして、

現在でも広東省湛江市に港に係留されているんですって。



日本人のブラジル移民の歴史など、まったく無知だった自分、

パビリオン・ぶらじる丸の船内を見て、

しっかりと学習しておくべきだったのですけど、

列車に乗ってるだけで満足していた、あの頃の自分には、

そんな心の余裕はありませんでしたね。



今でも自分、人生そのものに余裕が全然ありませんが、なにか?