愛されたい。けど愛されないと思うとき。
それは愛されないのではなく、
実は、愛されないでいることを
選んでいるのかもしれません。
でもそれも愛という話🫶
例えば昔、小さなあなたが
とても欲しいおもちゃ🧸があったとします。
でも、心から欲しくてずっと望んでいたのに
もらえなかった。ようやくもらえた!
と思っても急に取り上げられた。
そんな風に、それ🧸を欲しいと思うことで
傷ついたことがあったとしたら。
それ🧸に対する気持ちはどうなるでしょうか。
「もう、いいや」「別にそこまで
欲しかったわけではないし」
「持ってても逆に大変そうだし」
「よく見たら大したことないし」
持つことや望むことで、
あんなに悲しい気持ちや寂しい思いをするなら、
もう望まない。
あれは大したものじゃなかったのだ、と
自分に言い聞かせようとする。
そんな心の機能が働きます。
そのようにして心は、つらすぎる悲しみや
寂しさから自分の心を守ってくれるのです。
この働きはとても一生懸命なので、
とにかく二度と傷つかないよう、
本当は大丈夫になった今も
「でも、あれ🧸を持つとつらくなるかもしれないよ」と
声を大きくしてきます。
それぐらい、ある意味で
あなたを守ろうとしといるのです。
表面で起こっていることは
「🧸欲しい。でも、持てない。
私には持つ資格ないからだ、、」
心の深くで働いていることは
「🧸はキケン。持つとまた傷つくよ」
「それなら持たない」
こんな逆の働き。
でもここには傷つかないで欲しい
という守りからくる愛がある。
それなら、あなたの中であなたを
守ろうと一生懸命なその声に、
もう大丈夫であること、今の自分は
強くて大きな大人であること、伝えてあげたいです。
自分の声を聴いて対話して。
欲しいものに心を開いていこう。
受け取っていこう👐
欲しいのになぜか手に入らないときには、
こんな心のしくみが
働いているのかもしれません、
というお話でした。
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