昨日は少しまとまった時間が取れたので
久しぶりに腰を据えてセルフワークをしました。

なかなかやりがいのあるテーマで
途中、お菓子に手が延びたり、眠くなったり
掃除を始めたり、FBを見たり… The逃避。笑

そうして取り組み始めたテーマから
何段階か下がり、心の構造がみえ、
苦しみの成り立ちがわかりました。

また、自分の思考のパターンや
行動の動機になっていたものを
知ることができました。


例えば私の場合、

・セラピストとしてどう在るべきか
・セッションはどういうものだ
・癒しとはどういうことか

もよくテーマで絡んでくるのですが、

”自分にとって大事なこと”に関する
信念やマイルールは、時期によって
新しい信念ができていることもあるので、
たまに見直してみるのもいいかもしれませんね。

そうすることで、また
はまっていたループから抜けたり
思考をリフレッシュしたりと、
新しい視点が生まれることもあるでしょう。

◇

私の例が続いて恐縮ですが、昨日は

その下にあった母との関係が出てきました。

私が小学6年~中学生になるころ
インパクトのあるできごとがあり、

そこからの10年間は

トンネルの時期だったのですが、
さらにその下にある根源的な恐れ・

怒り・あらゆる感情や感覚をみていきました。

そこから、

・自分が人と距離感を取る理由

(自分的には距離を取る、と感じることがある)


・間違っているようにみえることを
見逃すのがすごくイヤな理由


・支配的に見える人がすごくイヤな理由

などを紐解いていきました。



特にこの
「支配的・コントローラー」は
かなり根が深く、セラピストとしての
「癒しはクライアント主体であるべき」
という私のセラピストべき・ネバを
強めている思いです。

「支配・コントロール」はもちろん、
他の状況でもよくスイッチを押されるポイント。

一見、「それは当然だ。」ということも
べきが付くと、途端にパトロールが始まり
自分や他者に厳しくなったりします。
そして自分は絶対そうするもんか!
と力が入ったり。

◇

こうして内なる対話を重ねていくと
出てくるのが

自然なねぎらいの思い

と

自分や関わっていた人への理解

です。

当時の自分や相手、環境など、
思い出しても許せなかったことも
自分の言いぶんをしっかり聞いて
受け止めていくと、心にスペースができ、
視点も広がります。

すると、内側から何か
ふんわり緩まっているものがあります。

手放そうと思っても、手放せない。
それはあたりまえ。

癒しも解放も、するのではなく
結果として、起こる。

と、言うわけで引き続き

「この悲しみをどうにかする!」

モードから

「この悲しみは、どこからきているの?
これが言いたいことはナンダロウ??」

の視点で心と対話をしていきたいな、
と思うのでした。
自分に馴染み深い思いほど
何度見ても新しい発見があったり、
理解が深まったり。
興味は尽きることがないですね(^^)

皆さんはどのように
ご自分とお話をされていますか?

◇


母に限らず、父ともテーマが
盛りだくさんな私ですが
助けになったのが「境界線」のこと。

8月19日に境界線セミナーをします。
まだお席がありますので
ご興味のある方はぜひお待ちしておりますね。

親子関係だけではなく、
あらゆる人付き合いの中で
役に立つ内容です(^^)


『無力さを感じる自分は無力だろうか。』


こちらも更新しました。
 

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