今日も縦スクロールが長い記事です![]()
「人生を自動操縦するビリーフ」について、
クライアントさんのご感想をもとに
信念がどのように発動して、
私たちに作用しているのかを書きました。
(Sさん、ありがとうございました!)
* * *
ある日のセッションで、
Sさんの深部にあったビリーフ
(無意識に持つ思い込み)に、
このようなものが見えてきました。
『人生は贖罪(しょくざい)だ』
セッションの入り口は、
いらっしゃる当日の朝に
ふと思い出したできごと。
「以前、ある人の質問に対して、
本当の答えを言えなかった。」
という場面。
『少し苦手な方に日常会話で
「これ、好き?」と聞かれて、
好きでもないのに
「はい、好きです。」と答えた。』
そのような感じのことです。
このようなことは皆さんも
ご経験あるのではないでしょうか。
けれどSさんは
「ウソの答えを言ってしまった。」と感じ、
そのときの
「わ~どうしよう~~」
という感覚が強かった、というわけです。
ご自分でも
「そんな大したとじゃないのに
なぜか『わ~大変だ』という感覚が
強くて。。。」と不思議そう。
そこで、その感覚から、潜在意識の海へ
一緒にダイブのスタートです。
途中は省略しますが、出てきたのは
『人(Sさん)は産まれながらの罪人。
だから、罪をつぐないながら
生きなければいけない』
また、このような思いがある一方で
『私は神に見放された子』
というセルフイメージがあることも
わかりました。
ちなみに、Sさんは無宗教。
どの宗派にも属されていません。
もちろん逮捕されるような
罪も犯していません(^^)
なのに、なぜ
・自分は罪人
・私は神に見放された子
・人生は贖罪だ
(罪を償いながら生きなければ)
と思うようになったのか。
ヒントは通われていた幼稚園にありました。
ここからご本人からいただいたメールです↓
* * *
「よい行いをしないと、神様に見てもらえない」は、
幼少期に通っていたキリスト教系の幼稚園で聞いた言葉、
その当時敬虔な信者だった母(途中でキリスト教をやめた)からのことばが
影響しているかもしれないということに、今まで気付きもしませんでした。
私自身、そのままキリスト教徒になったわけでもなく、
ずいぶん昔のことなのですっかり忘れていました。
でも、私の中には神様という存在はいると信じて
疑っていない思い、いつも天(神様)が見てる、
しかも見守っているのではなく、見張っているって感覚。
だから、何か悪いこと、いけないことをすると、神様が見ていて、
悪いことが起こるのではないかと、いつも恐れていることに気が付きました。
だから、常に、よい行い、正しい行いとしてなければいけない。
と思っていたようです。
* * *
良いことをすると受け入れてくれて、
悪いことをすると拒否する神様…
人間臭い。。。けれど、
思い当たることはありませんか?
「悪いことをするとバチが当たる」
「信じるものは救われる」
など(^^)
Sさんのおしゃっていた、
”見守られている感より
見張られている感が強い”のは基本が
『私は罪人』だから。
その一方で
『私は神から見放されている子』
なので、罪を償おうと努力しても
認められない設定になっています。
これも無意識で。
”自分”を動かす基本設定が
こういう仕組みで発動していたら、
世界は、人生はどう見えるでしょう??
…そりゃ大変だったよね。。。
私も「これ持っていたらツライよ!」
というビリーフをたーくさん持っていたので、
Sさんの「私は罪人だったぁー!」
というスッキリ感、よくわかります。
罪人でスッキリなの(^^)
ビリーフやセルフイメージは
それを無意識にしまったまま
自動再生しているとつらいですが、
顕在意識に上げると
「意識できる→対応できる」
ようになります。するとビリーフが
あまり力を持たなくなるのですね。
(あとはセラピーで具体的な癒しと解放に
入ることが多いのです)
持っていたビリーフに
気がついたときの衝撃!
不安の出どころがわかってスッキリ!
の、なんとも言えない安心感。
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