落ち込む時、他人のSNS見て羨ましいなーと自分が辛くなる時、具合悪くて将来が不安になるアラフォーアラフィフ世代。

そんな時、無理に元気はでなくても良いって、つらいんだよね、そっか。と、あるがままの気持ちを味わうことで、今まで閉じ込められてきた、だしてはいけないと思い込んで我慢してきた気持ちや、勝手に禁止していたマイルールがわかります。

そんな時、私は見ていてキラキラしたり、癒されたり、良いなーと思う波動のインスタや動画やブログを読んだり、本を読んだり、心が求める飲み物を与えたりして自分を深く深くどうしたいかに寄り添います。

たまにね、私は1人しかいなくて、支えてくれる両親も兄弟もいないから、自分で自分を癒すと辛くなる時があります。特に、大好きなインスタの方が、プラダの洋服をプレゼントされているのを見たりした時は、私にはそんな存在はいないよな、私は私がやらないとならなくて、淋しいなって感じるときもありますが、あ、私は優しくしてもらいたいし、大事にしてもらいたいし、誰かに私のことを考えて喜びそうなプレゼント考えてもらう時間が私にもほしいし、プレゼントをしたりされたりする関係を持ちたいんだな〜と、内観しています。

癒されていない、インナーチャイルドがでてきます。

昔、親戚の家に遊びに行き、私だけオヤツをもらえずに、廊下の壁からこっそり親戚の家の娘達しかヤクルトやお菓子を貰ってないのをこっそりみて、指をくわえて悔しいとか悲しいとか大事にされてないとか複雑な気持ちで、その場を去って自宅に帰りたかったけど、なんでもないよと我慢した私がいた事を思い出し、苦い思いを鮮明に思い出し、辛かった幼少期。

でも、今、ここ。

私は今は、たくましく生きている。

なぜ、神様は私に命をくださったのか、考えて、きっとこれからはたくさんの人を救うために私の人生のつらさは必要だったんだと思うしかないのです。

可愛がられていたわけではない、幼少期。

都合よく、甘えてくる母は、まるで私は人形みたいでした。人として接してもらえず、機嫌良い時だけの限定。

又は。私を連れ回して、うちの娘を見せたいとか、可愛いでしょ、と、モリハナエを着せた私と言う人形をみせびらかしては、大人達からお小遣いを私にもらい、まきあげていた。

愛、なんだろう?私は愛をしらないかもしれない。だからこそ、今シンママとして、息子達に教えてもらっているのかもしれない。

中学、高校、専門学校の頃、友達からのいじめや無視や叱責などあり、友達が去っていくのが、私のせいだ、私が周りに迷惑かけるから、私なんか何でいきているのか?わからなかった。二十歳の時に父が肝臓癌で亡くなった時に、服薬自殺をはかるも同級生に救急車を呼ばれ、病院で目が覚めたら担任と遠方からよばれた母がいた。

担任の先生は、今だにお付き合いをしてくださっている。

ありがたいかぎりです。

私は、他人に頼るしかないから、自分でむりならば、頼れる他人は少なくて、自己肯定感低いから自分を出すとわがままって言われるかな?って遠慮しちゃうけど、限界の時は昔の担任に泣いて電話したり、前の会社の上司におんなじADHDの方がいて、その方が優しくて心配してくださるから、無理な時は甘えてラインをたまにします。

そんな存在もありがたいと感謝して、使わせて頂きます。でないと、自分が自分を大事にできなくなったら、おしまいだから。


↓マンションの間取りや、都内のタワマンなどの、普段見られない高級マンションのインスタ見て、良いなー住みたいなー、住んだらこんな仕事して、こんな生活がしたいなーと楽しい考えを巡らせてみたりしていると、少しワクワクしてきます。私はね。





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