お正月はいつの間にかもうスピードで過ぎていきましたが、お年玉について気になったので書いてみたいです。
最近はお年玉を渡すこともなくなりましたが、子供の頃は毎年10万円くらいお年玉を貰っていましたが、お礼を言って親に回収されてしまうので、自分で使ったことはほぼありません。
一度も貯金をしてもらったこともないので、高校生の時に初めて自分で郵便局で通帳を作りましたが、自分で作らなければ、仕事で銀行口座を作らされるまで一度も作ることがなかったかもしれません。
お年玉は親がお返しをするので、あまり意味がないような気がしていたので、お礼を言ったことが無駄に思いますが、貰えなかったことはあまり気になりませんでした。
家計で計算するので、親に渡しても同じかなと思っていました。
兄弟で合わせて何百万円も使われていましたが、お金にルーズな人は嫌ですが、計算して生きていたので、あまり気になりませんでした。
大人になるときちんと子供に貯金をしている人は素晴らしいと改めて思いました。
成長してから子供に貯金を渡すようですが、良い親ですね。
子供を親の所有物のように思う人もいますが、そういう愚かな人は嫌ですね。
子供は別人格で、個人として尊重しないといけません。
子供の頃の出来事や対応が将来のその人になります。
子供時代、大切です。
私は早く大人になりたかった子供ですが、以前、早く大人になりたいという子供に、ゆっくり大人になってねと思いました。
子供が子供でいられる時間は限られているので、子供が安心してゆっくり子供でいられる社会や世界であってほしいと願います。
私は子供の頃から大人の落ち着きが好きだったので、大人であることを願いました。
年齢だけでは大人にはなれませんが、内面の安定感が落ち着きます。
内面の心の豊かな人になって、豊かな人生を願いました。
世界中の人の身を案じています。
子供時代を奪われることや、大人になっても国や様々な悪きものによって制限や苦しめられている世界のあり方に疑問を持ちます。
全ては人の心の問題です。
お年玉事情からも世界が垣間見えます。
お年玉も子供のおこづかいの一環として渡すのであれば、額を決めて子供がお金の管理をしやすいようにお金の使い方を学べるといいのではと思います。
お年玉を電子マネーでほしいと言われていますが、実感の出来ないものや実態のないものでは金銭感覚は身につかないと言われているので、形のあるものをもっと大切にした方がいいと思います。
全てが脳内で完結してしまう世界はどうかと思います。
実際に見て触れるものが大切です。
この世界からお金がなくなって数字だけが残ったら嫌ですね。
私はアナログ派なので、実態のないものは信じません。
結局、額が大きくなると現金も持たなくなると思いますが、現金で支払うとしたらいくらまでですかね?
今まで手にした最高の金額はいくらですかね?
これからは現金を手にする機会は減るかもしれないですが、現金がないとやはり暮らせないという矛盾がありますね。
お札も新しくなりましたが、人の目に触れないで何度も変わると人が見分けられなくなりますね。
機械が見分けられる前提かもしれませんが、人の記憶に残らないと人は本物か偽物か分からなくなりますね。
人の作る世界はやはり苦手です。
選択肢が良い意味で増えたり、便利になることはいいですが、不便さや実感や実態のないものは苦手です。
全ては人の脳が作り出したものなので、感覚がないと何もなくなります。
恐怖も人の脳が作り出しているので、外側にあるものではなく、内側が感じているものです。
脳の扁桃体が恐怖を作り出しているので、恐怖を感じやすい人や感じにくい人がいるようです。
世界をどう見るかが大切なようですね。
角度を変えると違って見えます。
何とか修復しないとです。